ロマンス

 開斗がバーに顔を出さなくなって三ヶ月がすぎた頃。放課後に何気なく街を歩いていた。

このまま家に帰るのは勿体無い気がして、カフェに入ってもいいし、ショッピングに行ってもいいし、何をしようかと右往左往していた。

 

 信号待ち。人混み。ふと見上げた広告塔に開斗が大きく映った。

また別の舞台に出演するのか、また会えるのはいつになるんだろう。最後にあった日のことを思い出しては寂しさばかり感じてしまう。 

目線を下げるとガラス張りの建物の中の一階部分に美容師さんがカットの練習をしているのが目に入った。


 信号が青に変わって、ピポピポと音が鳴り出し、歩みは美容院へ。

ガラス扉を開けると、ベルの音が歓迎してくれた。


「予約してないんですけど、カットをお願いしたくて……」

「いいですよ」


 美容院は予約なしでは入れないと思っていたから、拍子抜けした。

席に案内したのはベリーショートがよく似合う女性の人。声を出さなければ男の人に見える。

 どんなふうにカットしたいか、なんて考えもせずに店に入ってしまった春菜。少しの間、外を見ながら考えた。

美容院の中からも広告塔が見えた、舞台のヒロインの子が映った。


「ボブ。重めのボブで」

「かしこまりました」


 バッサリと短く切った姿に、自身が一番驚いた。


「思い切りましたね」

「頭が軽いです」

「似合ってますよ」


 ブローを終えて、アイロンで整えて、オイルで保湿して艶を出したら変身成功。


「すごい……」


 魔法使いとはこのこと。

お姉さんに深く感謝して、外を見ると夜が降りた街はいつも見るよりも、素敵な街並みに見えた。

 毎朝見る姿がこれなら毎日が楽しくなりそう。お会計は一銭も払わなくていいと言われた。


「その代わり、何枚か写真を撮らせてください」


 お姉さんは一眼レフを取り出し、春菜の写真を撮り満足げに送り出した。

いつでも来てね。とショップカードを渡された。


 煌びやかな夜の街に、生まれ変わった女の子が一人。

デカデカと輝く広告塔よりも、春菜が輝いている。

 今の姿で再開したらなんて言ってくれるかな。


「久しぶりだな。髪、切ったのか」


 会いたい人に会えたのに、春菜の表情は悲しそうだった。

今願いが叶ってしまったら、また願わないといけなくなってしまうのだろうか。

恋心は体を蝕んでいく癌みたいなもので、一緒にいても離れてしまえばまた辛い時期が始まる。

 

「今度の舞台の相手役に似てる」

「そうなんだ」

「相手役やってみる?」

「私は一般人だよ」


 同じ高校生でも、演劇部ではない春菜には次元の違う話。

でも、舞台上の楽しそうな開斗を見ると刺激をもらえる。観客と同じように刺激を受け、のめり込みつつある。


「きて」


 春菜の手を引いて都内を駆け回り、開斗が通うスタジオに連れて行かれた。

お疲れさまです。と先々歩いていく開斗は、大人に見えた。


 建物の奥に、稽古中の人たちが見えた。

薄暗い客席の奥に煌々と輝き舞台に立つ人たち。汗をかきながら、激しく演技がぶつかり合う。

春菜には初めての世界。


「ここは遊ぶところじゃいんだよ?」

「わかってる」


 ここにいて。と客席に残された春菜。

舞台上の仁王立ちの男性に深くお辞儀をして、何かを話し始めた。何度か頷いて、開斗が客席にいる春菜のことを指差し、男性も振り向いて春菜のことを見た。

開斗の方に向き直して、うんうんと頷いた後に舞台に上がってくるように手招きをした。

 恐る恐る舞台へ続く階段に足を乗せて、開斗の隣へ。


「これ、台本」

「演劇部の子なんだって?代役頼んだよ」


 頭の上にハテナを浮かべた。

春菜は演劇部ではないし、演技の経験もない。台本と渡されても、読み方すらわからない。

 

 今日の稽古に参加するはずだったヒロイン役の子が急遽来れなくなって困っていたという。


────


「初めての舞台でした。練習だったけど」

「それで、春菜さんも演劇の道へ?」

「……」


 束の間の沈黙。


「あれ、春菜さんも舞台の道を目指していたと聞いたんですが」

「そうですね、でも開斗の方が熱量はありましたよ」

「なるほど」


 一瞬見せた、春菜の表情。眉間に皺を寄せて、鋭い目つきでヒヨリを見た、一瞬の表情。

初対面のヒヨリには残酷すぎる表情だった。


「お茶のおかわり持ってきますね」

「あ、お、お願いいたします」




 
















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