失恋

「若い頃から飲酒を……」

「私たちの頃は普通でした。親戚のおじさんたちも、飲めと勧めてくるような時代だったと思います」


 今の世代の若い人に飲酒を進めるわけではない、と付け加えた。

ヒヨリはメモ紙にびっしりと春菜の話を書き起こしていた。時頼ペンのインクを切り替えて疑問に思ったことを書き分けていたようだ。


「開斗さんの第一印象は?」

「生意気な子供っていうのが第一印象でしたね」


 まだ子供のも取れる身なりと顔立ちを下げて、大人の店に入ってきた開斗を見て、誰もが思うことだろう。

でもそんな開斗にみんなが惹かれていたのも事実だという。

大人には少年の顔をしながら、大人の世界に憧れて必死に付いていく犬のように見えていただろうし、同級生には大人に食らいつくかっこいい男子に見えていたことだろう。


「春菜さんは、一目惚れだったんですか!?」

「いえ、私は恋愛にも彼にも興味がありませんでした」


 話の末にも、現在も普通とは違ったオーラを放つ彼に男も女も魅了されていたし、引き込む力があったことは確実。だが万人受け出なかったのも事実。


 学校の中でも彼は浮いている存在だったらしい。

個性の概念がまだ「ほかの人と同じであること」だった認識が強かった時代に突如現れた「偉才」。小さな社会の憧れになりと同時に、標的にもなった。


───


「どこの学校?」

「プライベートなことは答えられません」

「硬いなー」


 開斗はその後も何度もバーに訪れて春菜との会話を楽しんでいたという。

春菜は警戒心が強く、何回会おうとお客さんとバーのウエイトレスの関係から飛び出すことはなかったし、他のお客さんと同じように接していた。

春菜がいる日には決まって現れて、閉店の時までずっと居座っていた。


「遅くなってごめんね、気をつけて」

「お疲れ様でした」

「待って待って、送ってく」

「結構です」


 曇り空の真っ暗な夜だった。

急いで残ったジュースを飲み干し会計を済ませて、春菜の後を追いかけた。


「待ってよ」

「……」

「夜道に一人で歩くなんて、危険だ」

「あなたみたいなのが寄ってくるからってこと?」

「違うよ……」


 この間のバーの一件から、春菜のことをずっと気にかけていたという。


「震えてたから」


 無表情で見つめ返す春菜と、肩で息をしながら春菜の左腕を掴む開斗。

怖いから震えていたんじゃない。ストレスのせいだから。

と腕を振り解いてまた進んでいく。先ほどよりも大股に歩いて。


───


「開斗さんの一目惚れだったんですね」


 どうかしら。と笑う春菜。


 それからプライベートでも会うようになった二人。

純粋な高校生のように、放課後を楽しみ、休日にも顔を合わせていた。

 開斗は春菜のことが知りたくてたまらない様子で、しょっちゅう質問攻めに合っていたという。


「でも、多くは語らなかったんです」

「どうしてですか?」


 バーであまり見ることがなくなった頃、家でくつろいでいる時に目に入ったテレビ画面に、知っている男の子が写っていた。

開斗だ。


 高校時代に、演劇部で大活躍していた開斗は、偶然舞台の会場にいたスカウトに声をかけられて、早速大きな舞台に出演することが決まった。

だから、来なくなったんだと納得する反面、残念な気持ちが春菜を支配した。


「初めて気づきました。私、この人が好きなんだって」


 ヒヨリは唇をかみ大きく息を吸った。










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