ヘネシー、トゥワイスアップで

「いらっしゃいませ。身分証の──」

「みんな!久しぶり!」


 まだまだ幼い顔の男は、ウエイトレスを無視してズカズカと入店した。


「すみません」

「なんだよ」


 正義感の強いウエイトレスは男の前に立ちはだかり、身分証明書を出してください。と強く言った。

俺様はこの店の常連だと言いたげな顔で、この子新人?と笑って周りの客を見渡しながら、問いかけた。周りのことなど気にせずに身分証明書を求め、男も苛立ったのかウエイトレスのことを睨みつけて、誰かが止めなければ喧嘩が始まってしまう空気になってしまった。


「春菜、いいんだそいつは」

「……そうですか」


 納得はしていなかった。でもこう返事するしかない。


 聞くと彼は、マスターの友人の息子で春菜と同級生らしい。

このバーのお客さんはマスターの身内や、その身内の知り合いが多い。

春菜自身も親がマスターの知り合いだから、未成年という立場でもアルバイトとして雇ってもらえているのだ。


「ヘネシー」

「??」


 春菜は「は」の口の形で生意気な男に目を向けた。


「トゥワイスアップ」

「こちらをどうぞ」

「なんだよ、これ」

「あ、すみません」


 生意気少年の前にロンググラスに入ったリンゴジュースを出して、ストローまで刺した。

男は春菜を睨みつけて、ストローで一気にジュースを飲み干した。


「うっす!」

「トゥワイスアップでお作りしました」


 下唇を噛んで春菜をきつく睨んでから、店に響き渡る声でマスターを呼びつけた。


「ヘネシー頼んだら、リンゴジュース出てきたんだけど」

「かっかっか」

「俺は酒を飲みに来たんだ」

「今日は大人しくしてな、最近試験あったんじゃないか?教師の見回りが多い気がしてな。飲んでなければ匿ってやれる。どうしてのも飲みたいんならよそ行きな」


 いつもより真剣なマスターの顔つきに、春菜の背筋まで伸びた。

しぶしぶ納得したらしい少年はもう一杯リンゴジュースを注文した。


「ストレートでな」

「かしこまりました」


 ロンググラスに簡単にジュースを注ぎ少年に提供した。


「同級生らしいな」

「はい」

「なんでこんなとこ居るんだよ」

「バイトです」

「なんで」

「……」


 グラスを整頓しながら会話をするも春菜が激しく警戒しているため、思った返答がもらえていないようだ。


「なんだ開斗、ナンパか?」

「そんなんじゃないよ」

「春菜ちゃん、いつもの」

「かしこまりました」


 春菜は背後の数ある酒瓶の中から素早く3本のボトルを取り出し、手元のシェイカーに分量を入れ、アイスを入れてシェイクする。

ショートカクテルのグラスに注ぎ、薄くカットしたライチを浮かべて開斗の隣のお客に提供された。

男は一口飲むと春菜を褒めた。


 開斗は自分には厳しくてまともに口も聞いてくれないのにと、少し不満に思った。

春菜はこの店では可愛がられているようで、店中の老若男女も酔っ払いも春菜に優しい声色で話しかけた。


ただ一人を除いて。


「おい、ここは案内もないのかよ」


 バーの入り口に突っ立っていた一人の男のせいで賑やかだった店内はBGMがよく聞こえるくらいにまで静かになった。


「何名様でしょうか」

「俺の後ろに誰か見えるのか?」

「失礼いたしました。奥のカウンターへどうぞ」


 春菜が業務的にお客を案内して、お絞りを差し出し、注文を取ろうとした。

だが失礼な客は春菜に向かって、灰皿とだけ伝えた。


「うちは禁煙です」

「換気扇つけろ」

「禁煙ですので」

「紙じゃねぇよ」

「電子タバコも含めて、この店では吸えません」

「あのな、ねえちゃん。客の願いは叶えるのが当然。はいざら」


 客の横暴な態度に店中は最悪の空気に。

でも、春菜は態度を変えずに灰皿もお酒も出さない。

客のイライラもピークに達したのか、目の前のテーブルに拳を叩きつけて怒鳴り声を上げた。


「未成年の女が調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「うるせぇ!」


 怒鳴り声をあげて立ち上がり、春菜に危害を加えようとした客の頬に開斗の左拳がめり込んだ。


「いってぇ……!おっさんの歯飛んでったかもな!」

「何すんだこのガキ!!」

「おいおい、暴れてくれるなよ」


 奥からマスターが出てきて失礼なお客をつまみ出した。













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