初めまして
「こんにちは。マップ社の、飯塚ヒヨリと言います。よろしくお願いいたします!」
「こんにちは、こちらへ」
「広い、お住まいですね」
「もうじき、壊そうと思っているんですよ。広すぎますから」
広いリビングに客を通して、お茶と茶菓子でもてなす。
自己紹介を済ませると、少しの沈黙の後に春菜が問いかけた。
「今日は、開斗のお話を聞きにいらしたとか」
「あ、はい。そうなんです。実はわが社でこのような企画を考えておりまして……」
まだ真っ白なバインダーの中から、簡易的にまとめられた紙の束を出してきた。
「カリスマの悲劇 死の真相。ですか」
「はい、あ、あの今年の5月28日に亡くなってから20年になると思います。そこで、真の開斗の姿を、どこにも公開していない内容を、世の中に届けようという企画なんです」
話し方も、持ち物も、目線さえもが初々しい。新米に向かって春菜は微笑んで話しかけた。
「だいぶ失礼な取材ですね」
「す、すみません!!」
慣れているんだけどね。と心の中では思っていることからの余裕の笑みなのか、皮肉な笑みなのか、ヒヨリは生唾を飲んで春菜の目を見ていた。
愛する夫がこの世を去ってから何度も聞かれてきた。
「本当は、春菜さんが……、その……」
「殺したんじゃないかって??」
「……はい」
「彼が、死んだ直後にもね聞かれたのよ。『知っていることを教えてください』って」
話が始まると思っていなかったヒヨリは、急いでカバンの中からペンを取り出し、バインダーの中から紙を取り出して書き取りを始めた。
「言ってやりたかった、あなた達のせいだって。でも言えなかった。言ったところであの人は戻ってこないし、あの人も私と樹がゆく先の人生で、世間から追いかけられることを望んでないだようと思って。何も言わなかった」
あの時のことを昨日のように覚えている。
今の状況に似合った言葉だろう、春菜の目にはあの日の何十人の記者の一人に見えているに違いない。
「記事で読んだことがあります。沈黙貫く。っていう見出しだったかな……」
「よく、覚えているんですね」
褒められた。と捉えたのか照れ笑いを浮かべながら早口になって話し始めた。
「はい!実は開斗さんのファンで、曲はもちろんライブ映像や出演された舞台の映像も見て、実際にCDも円盤も必死に集めて、もちろん情報誌からファンブック、新聞の切り抜きなんかも収集してます!
私が生まれた年に亡くなっていることを知って、実際にお会いしたことなないんですけど。歌声を聞いた時は、初恋みたいな気持ちになりました。すみません、奥様にこんなこと……!!!」
「大丈夫です。なんか嬉しいですね」
えへっ。と子供らしくわらうと、春菜はもっと聞かせてほしい。と話を続けるように言った。
「えっと、開斗さんが初めて舞台に出演された時、出番の少ない役でしたけれど、あの数秒の台詞と数秒の歌声で、観客全員が注目したと聞いています。映像でしか確認してないですが、その通りだと思いました。誰よりも役に入り込んで、誰よりもクリアで力強い歌声に引き込まれていったことでしょう。その証拠に次の年に、主演舞台を務めていますから。当時十代でしたね、その頃春菜さんはもう出会っていたんでしょうか?」
「いえ、その頃はまだ」
「なるほど、いつごろ出会われたんでしょうか?場所はどこでしたか?あ、何歳の時……」
まずい。と眉を下げてすみません!と勢いよく謝った。
春菜は顔色変わらずに話を聞いていたが、次々早口に出される問いに少し驚いたような表情を見せたからだ。
ヒヨリは、このままでは会社に戻ってまた別の企画を考えなければならないな。と頭で考えて、出されていた冷めたお茶を一気に飲み干した。
こんな新米記者に時間を作っていただき、ありがとうございました。とお礼と謝罪をして帰ろう、そう思って声を出すより先に春菜が口を開いた。
「取材応じます」
「へぇ、っ!?」
「いい本にしましょ」
「あ、はい!」
まだよく状況が掴めてないヒヨリは、春菜に笑われながら握手を交わしたのだった。
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