真実
I藍ス
僕であるために
暗い空からの白い花を浴びる君は、僕の涙を誘うほどだった。
もうすぐ人生の分岐点というこの時は、人生はあまりにも短いと、何かを得るには何かを失いなさいと教えられているようだ。
───
彼の日記。これはだいぶ前のもの。懐かしい。
彼は本当に私のことが好きだったのね。今年は彼と結婚して22年目。
のはずだった、彼がいなくなって20年。仏壇の前、ダイニングテーブルの向かいの席、テレビの前のソファー、寝室、いたるところに彼との思い出が取り残されたまま。
一冊の大きなアルバムを広げていろんな表情の彼に目をやる。どの中の彼も、昨日撮ったみたいに鮮明に覚えている。
この写真の彼も、あの写真彼も、大好きだった。
「早すぎたね……」
ぽつり。と一言漏らすと、玄関の鍵の施錠を解く音が聞こえてきた。
「ただいま」
「お帰りなさい。早かったね」
「早めに終わったんだよ」
ドカッとテレビの前のソファーに腰掛けるのは、息子の治。
テレビをつけると自分が写っていた。
「俺じゃん」
─今をときめくスター「塚本 樹」つい先日開かれたライブの様子をお届けします!
画面の中のニュースキャスターも、テンションが上がっている様子で、甲高い声で原稿を読み上げている。
汗をかきながら、全力でライブを盛り上げる樹に応えるように、客席のみんなも黄色い歓声をあげている。
樹も満足気にテレビ画面を眺めている。
「いやー、何回見ても慣れないなぁ」
照れながら言った樹も、次の一言でニヤニヤしていた顔がすぐに真顔に戻った。
─流石、塚本 開斗の息子ですねぇ。
面影ありますよね!
歌声も似ているような気がします。
来月には、舞台のしゅ──
「俺は親父とは違う」
自分に言い聞かせるように一言漏らし、乱暴にテレビの電源を切って、自室へと向かって行く。
春菜は、夕飯ができたら声をかけるからと樹の背中に伝えた。
手際よく野菜と肉を切り、鍋に火をかけ一品、二品と料理を仕上げる。
今日は樹の好物の親子丼だ。親子丼の時は、汁物は必ずお吸い物でないと樹は喜ばない。父親に似て、こだわりのある子なのだ。
最近、レコーディングに、舞台の稽古に、仕事が増えてきた樹のために春奈は和食中心の食生活を心掛けている。
開斗も和食を好んでいたため、作るのは容易いのだがまだ二十代の樹が食べる量は春奈の倍以上で、毎日品数を多く作れるように奮闘している。
あと盛り付けだけ、というところで匂いに釣られて樹が二階の自室から降りてきた。
「お箸出してね」
「うん」
少年のように目を輝かせながら、二人分の箸を用意して着席する。
春奈が席に着くのを今か今かと待って、やっと席に着いた途端に手を合わせて食事の始まりを知らせた。
まだまだ食べ盛りのようで、次から次へと胃の中へ送り喉を詰まらせそうになっては水で流し込んだ。
春奈は愛おしそうに樹のことを見ながら食事を進める。量は樹よりも小ぶりな丼に少量だけ。樹であれば十口以内に食べ終わってしまいそうな量だ。
それでも食べる速度も子供のように遅いので、食べ終わるのは同時くらい。
「明日だっけ」
「へ?」
「本の取材」
「そうだった」
壁にかかているカレンダーには明日の日付に赤色の丸がついていて、その下に“10:00~取材”と書かれている。
明日は仕事の後友達と飲みに行くから。と帰らないことを告げた。
仕事が早いからと、自分の分の食器を下げてさっさと自室へ行ってしまった。
いつも8時前には仕事先に行き、終わってからも職場の人に誘われたからと外に食べに行ったり、地方に数か月仕事に行ってしまうこともあるため、春奈は二人で食卓を囲む時間を大切にしている。
樹も楽しみにしているはずなのだが、父の話題が出ると話したくないのか、聞きたくないのか離れて行ってしまう。
仕方がない。と思いつつ洗い物を済ませて、夫の写真に手を合わせて、あくびをしながら自室へ向かった。
次の更新予定
2024年12月4日 00:00 5日ごと 21:00
真実 I藍ス @LOVE_me
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