第二章

タイミング

第16話

まだ朝靄のかかる東京駅。桂が改札口に着いた時には、川口は既に切符を買って待っていた。

「おはようございます。ほんと、我儘言ってすみません」

桂が恐縮して言った。

「いいさ。その代わり必ず結果出してくれよ」

川口が桂に切符を渡しながら言った。

「はい」

川口と桂は、6時16分発の新幹線の指定席に並んで座り、車内販売で幕の内弁当とお茶を買って朝食を摂ると、シートを少し倒して仮眠を取った。2時間半で駅に着いた。

川口は駅に着くと、駅の横でレンタカーを借りてきた。

桂が見上げた目の前には、雲一つない青空が広がっていた。

川口の運転するワゴンの中で、桂はリュックからランニングシューズを取り出して、スニーカーから履き替えた。

まもなく、総合運動公園の入り口に着き、川口は車を停めた。桂は車から降りると、ストレッチを始めた。

「調子はどうだ?」

川口が訊いた。

「問題ないです」

桂も張り切って腕を回しながら、答えた。

桂は トラックを軽く10周走って、川口がタイムを計った。

「まあまあだな。じゃあ、行こうか?」

「はい」

川口が車に乗り込むと、桂は大きくひとつ深呼吸して、軽やかに走り出した。川口はタイムを計りながら、桂の少し後ろに付いて車を走らせていた。

桂は、先日瞳が出てきた崖の近くに差し掛かった時、不意に立ち止まった。

「ちょっと海見てきていいですか?」

桂は川口にそう言うと、返事も聞かずにコースを外れた。

「桂、おい、待てよ」

川口は慌ててハンドルを切った。

桂は崖の上まで一気にダッシュした。そして、息を整えると、両手を合わせて目を閉じた。

ゆっくりと目を開けて、

「よしっ!」

と、気合いを入れ、海に向かって深々と一礼して、元来た道を走り出した。

川口は、車の中からその様子を黙って見ていた。桂は、調子良く2時間程走って運動公園に戻り、シャワーを浴びた。

駅に着くと、時計は14時を回り、2人はレンタカーを返して、駅から歩いて10分程の食堂に入った。

川口が刺身定食を2つ注文した。

「桂、お前、このコース走りたかった本当の理由あるんだろう?」

川口が訊いた。

「すみません。実は、俺、今度の大会終わったらプロポーズしようと思っている人がいるんです」

桂は頭を掻きながら言った。

「桂もやっと身を固める気になったか」

川口も嬉しそうに笑って言った。

「それで、どんな人なんだ?」

「2つ年上で、グランドの隣の図書館で司書をしている人です」

「いつの間に?」

「この前、このコースを走っていた時に、バスを追いかけて走っているのを見かけて、可愛いなと思ったんです。それが昨日、偶然図書館で会って、運命だと思いました。話をしたら、去年ご主人をあの海で亡くしたって言うんです」

「弱みに付け込んだか?」

「そんな、違いますよ。まあ、俺の一目惚れですけどね。でも、プロポーズする前に、亡くなったご主人に許可を貰いに来たんです」

「そうか。それで、許可は貰えたのか?」

「はい。俺の勝手な思い込みですけど。瞳さんを絶対に幸せにすると約束してきました。今度の大会で優勝したら、プロポーズします。彼女も、応援に来てくれると言ったので」

桂の顔は、自信に満ちていた。

「それは絶対に優勝しなくちゃな」

「はい」

「よし、飯食ったら、帰って筋トレするぞ」

ちょうどそこへ、刺身定食が運ばれてきた。

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