第9話

「お帰り」

入口に出てきた女の人は、お洒落なフリルのついたエプロンをしていた。見た目は五十代前半というところだろうか。

「ただいま。奥、空いてる?」

桂は、奥の方を指差しながら言った。

「空いてるわよ。どうぞこちらへ」

女の人は、瞳に向かってにこっと微笑んで言った。

「母さん、また後で紹介するから」

瞳に興味を示した母親に、朝の事もあって、桂は半分照れたような、半分自慢したいような気持ちを抑えて、素っ気なく言った。

桂の母親だと知った瞳は、

「初めまして、大原瞳です。よろしくお願いします」

と、にこやかに挨拶した。

「まあ、こちらこそ、よろしく。桂の母の涼子です」

涼子はそう言うと、メニューを持って前を歩き出した。桂と瞳もその後に付いて行った。

奥のテーブルは、三方を壁に囲まれて、アンティークな調度品が置かれた個室のようになっていた。

涼子は、メニューをテーブルの上に置くと、

「お決まりになりましたら、ボタンでお呼び下さい」

と言って、厨房に戻って行った。

「なんか、ごめん」

桂は申し訳なさそうに言った。桂は涼子の機嫌が直っている事にホッとしていた。朝の事もあり、一人で家に帰りづらかったのもあった。

「いいけど。まさか、最初のデートでお母様にお会いするとは思わなかったから、ちょっとびっくりしました」

瞳は、肩をすくめてみせた。

「デートって、それじゃあ・・・」

桂は嬉しくて思わず飛び上がりそうになった。

「お友達から、よろしくお願いします」

瞳は、斜めに頭を下げた。

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

桂は照れながら、深々と頭を下げた。

桂が顔を上げると、瞳が優しく微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る