第8話
桂がスタジアムを出て図書館の前を通りかかった時、図書館から閉館の音楽が流れてきた。
陽も沈み、街灯が噴水を眩しく照らしていた。
桂は噴水の横のベンチに腰掛け、瞳が出て来るのを待つことにした。噴水の前の花時計が、7時を指していた。
音楽に合わせて、親子連れや勉強していた学生達が、ぞろぞろと図書館から出てきた。その後から私服に着替えた職員達が出てきて、家路を急ぐように足早に去って行った。
瞳は、牧野由美と話しながら出てきた。二人は自転車置き場まで行くと、
「お疲れ様でした」
と、声を掛け合いながら、それぞれ自転車に乗り、反対方向へ走り出した。
桂は、瞳が噴水の方に向かってくるのを確認すると徐に立ち上がり、軽やかに自転車を漕いで来る瞳の前に、両手を広げて立ちはだかった。
瞳は、慌てて急ブレーキをかけた。
「危ないじゃないですか」
瞳は声を荒げて言った。
「ごめん、悪かった。お詫びに晩飯奢らせて」
桂は調子良くそう言って、瞳を自転車から下ろし、自分がサドルにまたがると、
「乗って」
と、荷台を叩いた。
瞳が乗るのを躊躇していると、
「早く」
と、もう一度荷台を叩いた。
瞳は、恥ずかしそうに荷台に横向きに乗ると、そっと桂の両脇を掴んだ。桂はその両手を持って自分のお臍の前に持ってきた。
「しっかり掴まってて」
そう言うと、桂は自転車を漕ぎ出した。
瞳は、久しぶりに人の温もりを感じていた。風に乗って瞳の鼻先に、桂の爽やかなコロンの香りが漂ってきた。それは、亡くなった夫が使っていたものと同じ匂いだった。瞳は思わず、桂の腰に回した腕に力を入れて抱きついた。桂もまた、瞳が力を入れた瞬間、ドキッととして瞳の温もりを愛おしく感じていた。
桂はペダルを漕ぐ足に力を入れ、スピードを上げた。
「何処に連れて行ってくれるんですか?」
瞳が桂の背中に向かって言った。
「もうすぐだから」
桂は嬉しそうに笑みを浮かべて言った。
それから五分と経たないうちに、自転車は山小屋風の洋食レストランの前で止まった。
「ここだよ」
桂が瞳の顔を見て言った。
瞳が自転車を降りると、桂は自転車を店の横に寄せて止めた。
「ここ、俺ん家。鯖定はないけど、おススメのビーフシチュー食べて行かないか?」
桂は、一瞬戸惑っていた瞳の手を、半ば強引に引いて中に入った。
カランカラン。
ドアを開けると、牛の首に付いているような鈴が鳴り響いた。
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