第6話

「んー。あっ、それはそうと、バスに乗れて良かったね」

桂が話題を変えた。

「えっ?」

「先週の月曜日」

「もしかして、バスに手を振っていた人ですか?」

瞳が桂の目を覗き込んだ。

「当たり‼」

桂はクイズに正解した時のように、瞳に向けて人差し指を突き出した。

「西村さん、あのバスの運転手さんと知り合いだったんですか?」

「いや、初めて会った」

「なら、どうして手を振ったんですか?」

「すっごい美人の女が、時間を気にして走っていたから、バスに乗りたいんじゃないかと思ってさ。バスを止めて、『今走って来る女の人を乗せてあげて』って言っておいたのさ」

桂は瞳に向かってウィンクした。

「そうだったんですね。それであのバス、私を待っていてくれたんですね。ありがとうございました」

瞳は深々と頭を下げた。

「あの日は、亡くなった主人の命日だったんです。主人は、あの海に釣りに行って、波にさらわれて死んでしまったんです。主人の実家がキリスト教で、一周忌もやらなかったので、一人で思い出話をしに行ったんです」

「そうか・・・」

桂は、ちょっと聞きたくなかったと思った。

「でもまた、こんなところで会えるとは思ってなかったな。これって、運命だと思わない?」

「さあ、それはどうかしら」

桂の真剣な目に見つめられ、一瞬ドキッとした瞳は、桂から目を逸らした。桂は瞳のはにかんだ顔を見逃さなかった。

気がつくと、店の中の客は二人だけになっていた。店の掛け時計は、14時を回っていた。

「もう戻らなくちゃ。ご馳走様でした」

瞳は手を合わせると、財布からワンコイン取り出してテーブルに置き、

「お先に」

と言って店を出て行った。

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