第14話

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 あの後あたしたちは更にもう一つの絶叫系に乗って、合計三つのアトラクションを制覇した。お昼までの二時間の間にこれだけ回れたんだ。あたしとしては充分満足。

 ……けど、無理すればもう一つくらい乗れるかな?

 そう思ったあたしはもう一度マップを広げる。

 …………あった!

 ここから歩いて数分の所に観覧車がある。顔を上げると、確かに近くに観覧車の巨体が見える。マップでこの近くにこれといったアトラクションがないし、今まで絶叫系ばかり だったから、休憩にゆったりと外の景色を見るのもいいかな。

「まだ、乗るのか?」

 どこか疲れたようなタクトの口調と表情。今まで乗り続けたおかげなのか、絶叫系のアトラクションに慣れてきたのか最初みたいに顔を真っ青にして満身創痍ってわけじゃないけどやっぱり苦手みたい。

「うん。最後に観覧車に乗りたいんだけど、もちろんいいよね?」

 そう聞くとタクトはしばらくの間黙り込む。

 なんだろうと思いつつ、喉の渇いたあたしはさっき自動販売機で買った紅茶を口に含む。

「…………観覧車って怖いのか?」

 タクトからの思わぬ不意打ちに思わず飲んでた紅茶ごと噴き出した。

 ……ま、真面目な顔してそれは、反則すぎる!



        *



「ね?怖くないでしょ?」

 なんてニコニコとおかしそうに笑みを浮かべている美鈴。そんな彼女に少しだけムッとなる。

「……仕方ないだろ。今までずっと恐ろしいものばかりに乗っていたんだから」

 確かに景色を楽しむため、ゆっくりと回る観覧車を怖いのか? と聞くのは見当違いも甚だしく、美鈴が笑うのもしかたない。がしかし、ここまで全て恐ろしいものしか乗っていなかったんだ。そう勘違いしてしまうのも無理はないだろう。

「それにしても意外」

「なにが」

「タクトがジェットコースター苦手だってこと」

 そう言うと、その時のことでも思い出しているのかクスクスと笑いだす。思わず不機嫌になりながらも言い訳じみた言葉を発する。

「危険があるにも関わらず、どうしようもない状況なんて初めてだったのだから」

 例えばそうだな。……バイクで時速一五〇キロ近く出しながら公道を走っても、空間把握を使えば運転ミスなどない。さらに近く出来る範囲が広いためおれに突発的という言葉は存在せず、不意の事故など起きるわけがない。また自分が運転しない時には必ず操縦者を自分が信頼出来る人間にするし、空間把握得た情報でアドバイスできる。つまり二つに共通して言えることはどんなに危険な状況だろうと、何とかしようと思えば出来るということだ。かりにそれで死んでも、自分が出来ること全てを行っての結果だから受け入れることが出来る。

 けれどもジェットコースターは違う。まず安全バーによって動きに大幅な制限が加えられる。バーを外すことは容易いが、危険度が飛躍的に増大しそれでは意味がない。ジェットコースターは決められたレールの上を進むだけで、仮に何かしらの事故に巻き込まれた場合空中に投げ出される可能性が高い。そうなれば空間把握など意味がない。

自分が何も出来ずに死ぬ可能性がある。だからこそおれはジェットコースターが恐ろしいのだ。


なんてことを美鈴に口頭で説明すると、彼女はポカンとした表情を浮かべていた。

「なんていうかタクトって空間把握に結構頼ってるのね」

「おれが持つ唯一人より優れたものだからな」

 主観を入れずあくまで客観的に分析した場合、俺の持つ異能、空間把握は強力なものではない。どちらかといえば弱いものだろう。

 だがしかし汎用性に優れ、使い手次第でいくらでも化けることができる。つまり弱点と呼べるような弱点がないのだ。強力であるがゆえに、対応策が生まれてしまう一点特化型の能力に比べ、遙かに信頼出来る。

 そこまで考えておれは気分を入れ替えるように息を吐き出す。

 いや、こういった自分の能力を一番と考えてしまう思考は、超能力を持つ人間ならば同じように思うだろう。つまりは無駄な思考だ。



 ほんの少しすると、観覧車が丁度真上に差し掛かった。それと同時に美鈴は視線を観覧車の外に向けると、すぐさまパアァッと瞳を輝かせる。

「……きれい―――」

 彼女につられてそちらを振り向くと、遠くに海が見えた。ディープブルーの海面が、真夏の日差しを受けて銀(しろがね)に輝いている。なるほど、確かに美鈴が綺麗と漏らしたわけだ。

 オレは視線を外の景色から外し、美鈴を正面から見据える。彼女はニコニコ楽しそうに笑っている。

 そんな彼女に今日一日考え続けていた疑問をぶつける。

「なんでこのタイミングで遊園地ここに来ることにした?」

「んー…………」

 美鈴は首を少し捻り、しばらく考えている。

 思えばおかしな話だ。自分の命が狙われているという状況で、呑気にこんな所で遊びに興じるという選択肢など生まれるはずがない。それがどうして……。

「いろんな理由があるけど、一番はタクトをどうしてもここへ連れて来たかったからかな」

「なんでおれ何だ?」

「ねぇタクト。あなたって仕事が全てでしょ?」

「ああ。そうだ」

 おれにとって仕事、今はこの守り屋だけが全てだ。仕事が完遂出来ないおれなど価値などない。なにがあろうと仕事だけは必ず完遂しなければならない。


 そう、おれがおれであるために………………。


 おれのその心情を知っているとでもいいたげに薄く笑う美鈴。

「だと思った」

 そんな彼女の様子に、おれの頭の中には疑問符が幾つも浮かんでいる。

「うん。昨日一日一緒にいてなんとなくそのことがわかったんだ。だからどうしても遊園地へタクトを連れてきたかった。多分あたしの護衛が終わってから誘ったんじゃ断られると思って、今日しかチャンスないかなーってね」

 確かにおれをこういった所へ誘おうとするならば、チャンスはこの時しかない。おれに仕事に関係しないことをする時間的余裕はない。この仕事が無事終われば次の仕事の準備に追われるか、今回の仕事の反省点を改善するためにトレーニングに勤しまねばならない。遊園地などこういった所で遊んでいる余裕は存在しない。

 彼女がこの状況で遊園地に行ったのかわかった。だが……。

「だが、なんでおれなんだ?」

 そうそれが最大の謎。楽しむだけなら仲の良い友人と一緒に行った方が、おれと行くよりずっと楽しめるだろう。それをわざわざ危険を覚悟してまで、なんでおれと行くことにしたのだろうか。

「すっごいありきたりな言葉だけどね。人生楽しんだモン勝ちよ?確かに仕事は大事だと思うし、それを優先させちゃう気持ちもわかる。けどね、タクトの人生はそれが全てじゃない。そう絶対に。そのことをわかって欲しかった。だからどうしても遊園地に行きたかったの。タクトに楽しんで欲しかったから」

 そこで美鈴は一拍置く。

「まっ、結局あたしが楽しんじゃってるだけなんだけどね」

 そう言って彼女は自分の失敗を誤魔化すようにアハハハハと乾いた笑いをする。


 ――――――ドクン

 心臓の音が嫌に響く。

 なぜだかわからないが、そんな美鈴を見ていると胸の奥から不可思議な感

情が湧き上がってくる。そんなよくわからない衝動に突き動かされ、思わず美鈴から顔を背けてしまった。

「ん、どうしたの?」

「なんでもない」

 不思議そうにおれの顔を覗きこんでくる美鈴に言葉を返す。けれどもどうしても彼女の目を見ることが出来なかった。



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