第13話

         2



 一台の車が道行く結う金途中の人々の視線を集めていた。近頃流行りの痛車という奴でも停まっていたのだろうか。いや、車自体にそこまでの視線を集めるほどの要素はない。

 強いていうのであれば持ち主の財力を表わすかのような高級感漂う黒塗りベンツ。けれどもそれだけでは弱い。

 どうしてそれほどまでに人々の視線を集めているのか。

なんてことはない。ただそのベンツが停車している場所が問題だったのだ。


 ワンコインでそれなりに豪勢な飯が食べることが出来るお手軽な牛丼屋。時間帯が時間帯ならば部活帰りの腹ぺこ中高生に、嫁に小遣いを減らされヒイヒイ言ってるサラリーマンたちに人気の――所謂庶民的なファーストフード店。

 そこに金持ちの代名詞たる黒塗りベンツ、しかも見るからに大物が乗ってそうな雰囲気のそれが庶民の、更に言えば安価なファーストフード店に停まっていたら、そのギャップに誰もがそこに視線を向ける。ある人は興味深げに、またある人は唖然としながら。

 なんとも珍妙な組み合わせだ。



「ありがとうございましたー」

 客商売をする人の定型句とも言える中身のない感謝の台詞。それとともに自動ドアが開く。中から出てきたのは一人の男性。

年齢は二十代後半くらいだろうか。男はボサボサとした髪で、洒落たブランド物のスーツをラフに着込んでいる。顔の造形もそれなりに整ってはいるが、どこかダルそうな表情のためイマイチ締まらない。

 男は気だるげに欠伸をしながら、今尚人々の注目を集める黒塗りベンツへと歩いてく。そしておもむろに後部座席の扉を開けた。

 中にいたのは柿崎と近藤の二人のみ。運転席に近藤が座り、男が開けたのと反対方向の後部座席に柿崎が座っている。二人ともムスッとした表情を浮かべ、不機嫌な心持ちを隠そうとはしなかった。

 そんな二人の様子に、男は全てを誤魔化すような苦笑いを浮かべながら手を合わせる。

「いやー、悪い悪い……」

「悪いじゃありません! 一体なにをやっていたんですか〝ノイズ〟?」

 ノイズと呼ばれた男の謝罪の言葉をピシャリと言い伏せる柿崎。そんな彼女の反応に、ノイズは怯えるように身体を震わせながらも口を開く。

「……………ぎゅ、牛丼食べてた」

「それは見ればわかります! 私が言いたいのは昨日なんであなたと連絡が取れなかったかということです!」

 ビクンッ! と肩が跳ね上がり、明らかに動揺していることが丸分かりなノイズ。

 そんなノイズの姿に呆れたように溜息一つ、近藤は無言でエンジンを回す。そして車は走り出す。

 しばらくの間なにも喋らないノイズ。けれども柿崎の睨みに耐えられなくなったのかボソリと呟いた。

「……………パ、パチンコ行ってたんだよ」

 小さな声で呟かれたその言葉は、けれども柿崎にしっかりと届いていた。

 ピキリと彼女のこめかみに青筋が走る。同時にノイズの肩が再度跳ね上がった。

 そんな二人の様子を見て近藤は溜息を洩らす。

「それでノイズさん。仕事をサボってまで行ったパチンコで負けてきたと」

 何度かノイズと一緒にパチンコに行き、、負けた次の日の朝食を安い牛丼で済ませるという彼なりのルールを知っていた近藤は、呆れながらこう続けた。

「で、いくら負けたんです?」

「さ、さんまんえん」

 弱々しい口調で答えるノイズ。ショックで微妙に幼児退行しているようだ。

 それに追い打ちをかけるように近藤がハンッ! と侮蔑の意を隠そうとしない笑いが飛ぶ。

「ボロボロじゃないっすか。ノイズさんは僕と同じスロット派だし、何やったんすか? ……まさかジャグ?」

「ウッセ、ジャグだよ、悪いか?」

「正直僕としてはジャグみたいなクソつまらない台で三万もるなんて考えられないっすねー。なんの演出もないし、連チャンしにくいだけじゃなくARTもないから大勝ちも出来ない。そろそろノイズさんもディスプレイタイプの面白さに目覚めた方がよくないっすか?」

「ハンッ! これだからガキは困るぜ。いいか、近藤。ディスプレイタイプの無駄な演出に飽き飽きした玄人がジャグに流れるんだよ! 無駄に期待させるような演出もない。ただ光れば当たるというシンプルさ。そこに玄人は惹かれちまうんだ」

 なんてパチスロについて熱く語り合うダメな大人たちノイズと近藤。そんな二人に、残された一人がブチ切れた。

「近藤、そしてノイズ」

 花咲くような笑顔で二人の名前をよぶ柿崎。その笑顔は、男ならば振り向かざるを得ないほどの魅力的なもの。その背後に般若さえ背負っていなければ……。

 二人からさっきまでの熱が一気に冷やされ、消えうせるどころか氷点下マイナスにまで到達した。

「うい。すみません柿崎さん」

「スンマセン。チョーシ乗りすぎました!」

 冷汗をタラタラと流しながら視線を前に向け、運転に集中する近藤。土下座でもしそうな勢いで、恥も外聞もなく頭を下げるノイズ。そんな二人を見て柿崎は般若の背後霊スタンドを消した。それと同時に二人から安堵のため息が漏れる。

「全く、近藤もノイズもなんでパチンコなんてやるんですか。あんなものお金を捨てるだけだっていうのに」

 柿崎のその言葉に、ノイズはグイッと頭を上げ悔しそうに漏らす。

「一介のギャンブラーとしてお前さんのその言葉を思いっきり否定してー!」

 なんてわなわなと身体を震わすノイズ。けれどもすぐに力を抜き、ダラリとシートに身体を預ける

「まあいいや。負けちまったオレが言うセリフじゃねぇし、なにより今話すことじゃねぇ。…単刀直入に聞くぜ。昨日あの兄ちゃんを倒した時点でオレの仕事は終わったはずだろ? 女の子一人捕まえるくらいならお前らでも充分だ。なんで今更オレを呼ぶ必要がある?」

「ノイズ、確かにあなたは昨日顎のタクトを倒しました。けれども倒しただけで再起不能にはならなかったのです。ターゲットを捕まえようと迫った式神を還し、そのままターゲットと逃亡。わずかに記憶が混線しているようですが、戦闘に支障はなく式神では彼の相手になりません。だからノイズ。あなたが……」

「あーハイハイ。もう一度なんとかしろっていうんだろ? わかりましたよっと。完全にこっちの落ち度だ。あの兄ちゃんはオレがなんとかするさ」

「よろしくお願いします」

 一礼する柿崎を尻目にノイズは気だるげに窓を開ける。そして懐から煙草の箱を取り出し、火をつけた。

「はぁ。ノイズさん、何度も言いますが車の中で煙草はやめてくれません? 匂いが移るんで」

「ウッセ。だからこうやって窓を開けながら吸ってるだろ。匂いなんて残らねぇよ。テメェらに迷惑はかけねぇ」

 苦々しげに言った近藤の言葉。けれどもノイズは全く意に介すことなく平然と煙草の煙を吐く。

「近藤の言う通りですノイズ。それに煙草なんて吸ってると身体に悪いですよ?」

 純粋に彼の身体のことを心配する柿崎の言葉。けれどもノイズの心には届かない。

 ゆっくりと深呼吸をするように、煙を外に吐き出すノイズ。

「別にオレの身体だ。どうだっていいだろ」

 あくまで外の流れるような景色を眺めながら、ぶっきらぼうに答えた。

 そんなノイズの様子に近藤は溜息をついた。

「まったく。昔はパチンコも煙草もやらない、もっと真面目な人だったのに。三年前になにがあったんすか?」

 近藤のその言葉にノイズは忌々しげにチッと舌打ちを一つ。けれども視線は窓から話さず一言。

「うっせーよ」


 紫煙が空を舞う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る