第12話

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 ガタリ、ゴトリと電車が揺れる。時刻は九時。通勤ラッシュからは微妙に外れているため、サラリーマンの数は少ない。他の乗客といえば部活にでも行くのか、スポーツウェアを着た中高生に、何組かの親子連れ。電車の中には怪しい人物はいない。

 だがしかし、おれのセンサーは一つの反応を捉えた。

 それは車両の一番左端、優先席に座る一人の老婆。年齢は八十歳といったところか。腰は曲がり動きも鈍い。けれどもそれは仮の姿だろう。

 一定の間隔で咳き込み、手で口を隠す。三分に一度、その皺だらけの手にはめられた腕時計を見た後、顔を上げキョロキョロと周囲を見回す。それがおれと美鈴が電車に乗っている十五分の間繰り返されてきた。

 あらかじめ決められた動きだけを繰り返すようなあまりに機械的な動き。間違いない。あの老婆は式神だ。

 正直今ここであの式神を消すことは容易い。けれどもおれはあえて泳がすことにした。

 何故か。周囲に少なくない人数の一般人がいるからだ。


 式神を消すには二つの方法しかない。式神を創り出した本人が自分の意思で還すか、もう一つが式神そのものを破壊するかの二択だ。

 おれが取れるのはただ一つ。式神を破壊することだけ。

 そうなると裏を知っているおれとしては式神を還しただけなのだが、周囲の人間にはそうは映らない。老婆を殺す青年にしか見えない。

 いらぬ騒ぎは起こすべきではなく、そこまでして消す重要性もない。どうせこの式神の目的は分かっている。


 ふうと大きく息を吐き出し、ちらりと隣を見る。そこにはおれが依頼を受け、守ると決めた少女、桐原美鈴が座っている。その顔は幼子がいたずらでも思いついたかのような楽しげな笑みを浮かべている。

 おれはもう一度大きく息を吐き出し、彼女から視線を外す。

 おれには美鈴がなにをそう楽しげにしているのかわからない。だが少なくとも不安げに周囲を見回したり、挙動不審な態度に出るよりマシだ。

 笑みを浮かべ楽しんでいるということは、心に余裕があるということだ。余裕さえあれば、もしなにかあったとしてもパニックで動けないということはない。この美鈴という少女、中々強いようだ。


 それにしても……。

 揺れる電車の中、おれは溜息をつく。

 まったく美鈴はどこに向かおうとしているのか。


 今朝ビジネスホテルで朝食を食べている時におれは美鈴に、今日はどこへ行くのか尋ねた。けれども彼女は楽しげに秘密と答えるだけで、決して教えはしなかった。確かに九曜が一級の陰陽師で式神を使う以上、どこに敵の耳があるかわからない。そんな状況で今日一日の予定をおれにも話さないということは、ある意味有効な手なのかもしれない。

 少なくとも美鈴が今日どこへ行くのかわからない以上、あの喫茶店のような手の込んだ仕掛けは作れないはずだ。おれを倒し、美鈴を確実に捕らえるためにはそれなりの罠を仕掛けなければならない。そのためにはおれ達がどこへ行くのか正確に知る必要がある。

 そう、あの老婆の式神はおれ達がどこへ向かおうとしているのか監視するのが目的だ。

 

 全く………。

 おれは美鈴から視線を外して嘆息する。

 何故だろう。九曜とは別に、酷くイヤな予感がするんだが。



         *



「ここは……」

いつもと変わらないタクトの口調。感情の乏しいそれだけど、ほんの少しだけ呆気に取られたような気持ちが入っているのに気が付いて、してやったりと思わずニヤけてしまう。

そう、あたし達は今郊外の遊園地、その入口に来ていた。

「美鈴、本当にここでいいのか?」

「モチロン。………………まさか、ダメ?」

 ちょっと心配になってタクトに尋ねる。

 あたし的に色々考えてここにしたんだけれども、その手のプロであるタクトにしてみれば遊園地という場所は護衛するのに向いてない所なのかもしれない。

「いや。場所はどこだろうと構わない。どんな状況だろうと君を守ってみせる」

 なんてタクトは頼もしいセリフを言う。そしてそのままこう続けた。

「ただ少し予想外だっただけだ」

 確かに自分の身に危険が迫っているっていうのに、こうやって遊園地で遊ぶ人間なんて普通考えていない。けれどもそれはあたしを捕まえようとしている九曜側だって同じ事が言えるに違いない。それがあたしが遊園地を選んだ一つの理由。

「じゃあ今日はおもいっきりここで遊んでもいいよね?」

「ああ。君に降りかかる災厄はおれが全て払う。安心して遊ぶがいい」

 さーて、タクトからお墨付きも貰ったことだし思いっきり遊ぶとしましょうか。

 ルンと弾む足取りで入り口のゲートをくぐる。遊園地なんてホントに久しぶりで今から物凄く楽しみだ。


 超能力者や陰陽師に追われているのは確かに怖い。けれどもそのことでガクガクと部屋の隅で震えているのはシャクだったのだ。

 九曜側の人間に怯えた姿を晒すんじゃない。どうせだったら楽しんでいる姿を見せてやる。

 それが遊園地を選んだ一番じゃないけど大きな要因。




「キャアアアアァァァァァァ」

 叫ぶ。顔には痛いくらいの風が叩きつけられ、まるで重力がなくなったかのような浮遊感。凄まじい轟音と共に急降下したあたしの身体はすぐさま斜めに上昇する。そのままトルネードを描くようにあたしは回る。


 遊園地と言ったらこれしかない。ジェットコースター。絶叫マニアってほどじゃないけど、あたしはアトラクションの中でジェットコースターが一番好きだ。

 風を切り裂く爽快感、大空を高速で、派手な動きで駆け抜けるこの乗り物は日常では絶対に味わえないスリルをあたしに与えてくれる。この感覚が堪らなくて、あたしが遊園地に行く時は必ずこのジェットコースターをまず初めに乗ることにしているのだ。


 グワンと遠心力で吹き飛ばされそうな大きなカーブを滑るように突き進む。

あたしの隣にはタクトがいる。彼はあたしを守るためだと言って一緒にジェットコースターに乗ってくれた。

 楽しんでくれてたら嬉しいな。

 そう思ったあたしはチラリと横を見る。そこにはいつもの仏頂面じゃなかった。けれども、笑顔なんて想像出来ないような表情でもない。ううん。ある意味笑顔よりももっと予想外。

 あのタクトが、肩の安全バーを思いっきり握りしめ、顔をヒクヒクと引き攣らせていたのだ。



 横からゼイゼイと荒い呼吸音が聞こえてくる。

隣には膝に手をつき、いつもの仏頂面が崩れ冷汗をタラタラと垂らしているタクト。そんな彼らしくない姿を見て、あたしは笑わずにはいられなかった。

  ジェットコースターが終わって、ようやく天地逆転も、吹き飛ばされそうな遠心力とも無縁な偉大なる地面にあたし達が立ってから、そんなタクトの様子がおかしくてあたしはずっと笑い通しだった。


「あははははははははは」

 く、苦しい…。

 笑いすぎで軽く呼吸困難になっているし、腹筋が割れたかのようにお腹が痛い。こんなに笑ったのってホント何年振りだろう。

「べ、別にそこまで笑うことじゃないだろう」

 ぐったりとしながらいつものなんの感情も読めないような口調で呟くタクト。けれどもあたしは気が付いた。タクトの口調にほんのちょっとだけ拗ねてるような感情が含まれていることに。

普段の冷静で大人なタクトらしくない口調で、ようやく下火になってきた笑いの炎を再燃させる。

 ちょっとたってタクトはようやくさっきのジェットコースターのダメージが抜けてきたみたい。いつまでも笑い続けているあたしをジト目で睨んでくる。

 そんなタクトからの視線を感じてようやく落ち着いてきた。

「だ、だってタクト、ジェットコースターに乗る前と後じゃ、全然違うんだもん」

 その言葉を聞いたタクトは、一瞬ハッとした表情になると、すぐさまプイっと顔を背ける。

 乗る前のタクトはやっぱりいつもの仏頂面でジェットコースターなんて下らないみたいに

クールに構えていたのに、いざ乗ってみたらこれだもん。笑わずにはいられない。

「仕方ないだろう。ジェットコースターなんて初めて乗ったんだ。まさかあんな恐ろしいものだとは思わなかった」

「ってことはやっぱりタクトって遊園地初めて?」

「ああ。一応知識としてはどういったものがあるか知ってはいたがな」

 タクトのそのセリフを聞いてあたしは溜息を洩らす。

 どうせこの男のことだ。小さな頃から仕事仕事ばっかでロクに遊んだことないに違いない。今日は思いっきり連れ回そしてあげよう。


「さて、タクト。そろそろ次のアトラクション行くわよ」

「わかった。どれに乗るんだ?」

「これよ、これ!」

 あたしは持ってるマップでもう少し先にある別の絶叫系を指さす。途端にタクトの顔が青くなった。

「……別のにしないか?」

「えー。いいじゃない別に。あたしが乗っている間タクトは別の所で待ってれば」

「そういうわけにもいかないだろ。頼むから別のにしてくれ」

「あたしはこれがいいの! タクトは乗らなきゃいい問題じゃない」

 気持ち強めの口調で強引に押し切る。そのままタクトの返事を待たずに新しい絶叫マシーンへと歩き出す。

 後ろからハァという溜息と少ししてあたしを追いかける足音が聞こえる。

「……勘弁してくれ」

 そんな呟きが聞こえましたとさ マル


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