第11話

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 あのマッドドックとの戦いの後、あたしとタクトはすぐにエージェント達に尾行され始めた。といってもあたしはその尾行に気が付いたわけじゃない。あくまでタクトが気がつき、あたしに教えてくれたのだ。

 なんでもタクトの超能力、空間把握は精度を下げてセンサーのようなことが出来るみたい。周囲の人間の動き全てを把握しようとすると、その精度をあげなきゃいけないから半径四メートルが限界だけど、ただ近くに自分に敵意を持つ人間がいるかどうかという曖昧なところまで把握精度を下げてあげると、それが百メートルを超えるらしい。

 けどあくまでそのセンサーにかかるのは意志を持つ人間だけ。式神みたいな意志のない操り人形だとセンサーに引っかからない。

「それがあの喫茶店で敵の罠にかかった原因だ。すまない」

 そう言って頭を下げるタクトにハァと溜息が洩れる。

「別にいいわ。世界に完璧な人間だなんていないんだから、そういったミスくらいするわよ。それよりも、タクトがいなかったらあたしはとっくに捕まっていたわ。守ってくれてありがとう」

 そう言ってあたしは頭を下げる。正直あたしじゃ、エージェントや式神なんて倒せない。勿論マッドドックなんてもっての外だ。あの路地裏でタクトが現れてくれなかったら、あいつらに捕まって何されたかわからない。それに《forest》での罠だって、あれを事前に気付けという方が難しい。タクトはあの場面で最大限出来ることをやって、命がけであたしを守ってくれた。それを責めることなんて、あたしには出来ない。

 顔を上げると、タクトはいつもの仏頂面じゃなくどこかきょとんとしていた。

「何故? おれはただ仕事をしているだけなのだが…」

 その言葉を聞いた瞬間、いっきに頭に血が昇る。

「いい、タクト。例え仕事だとしても自分を命がけで守ってくれたら、お礼くらい言うわ。それくらい人間として当たり前よ。それに人の感謝くらいきちんと受け取りなさい!」

「あ、ああ」

 あたしが怒鳴ると、タクトは若干怯えたように一歩後ずさる。

 ふん! この仕事バカ。仕事以外のことなんて、頭にないのかしら。

 あたしはムカムカしながら歩く。そんなあたしの様子を見て、いつもと変わらない仏頂面で首を傾げるタクト。

 

それからあたし達は幾体もの式神に襲われながらも、なんとか無事夜を迎えることが出来た。



         *



 ふうと今日一日の疲れを吐き出すように大きく深呼吸。お風呂上がりで火照った身体が、エアコンの冷気に当たってクールダウンされていく。チラリと壁に掛けられた時計を見ると、丁度十時を回ったところだ。

「お風呂空いたわよ、タクト」

 椅子に座りながら腕を組んで、まるで眠っているように眼を瞑っているタクトに話しかける。タクトはゆっくりと目を開け、あたしの方に振り向く。

「ああ、わかった。後で入る」

 いつもと変わらない落ち着いたタクトの口調。あたしはあくびを噛みしめながら、ベッドに座る。

 

 あたしたちは今、国道沿いのビジネスホテルに泊まっている。尾行されている以上、ウチに帰ってお父さんとお母さんを危険な目にあわせたくなかった。

 ここなら立地条件がいいせいか少なくない人数の宿泊客がいるし、国道沿いというだけあって車通りは激しいから、あたしを襲おうとしている連中も手を出しにくい。流石にここにずっと引きこもることは出来ないけれども、少なくとも今夜一晩くらいなら安全だとタクトからお墨付きをもらった場所だ。


 シャワーを浴びて身体が暖まっているせいなのか、ドッと眠気が押し寄せてくる。普段は眠たくなるはずのない時間だけれども、今日一日の逃避行がよっぽど疲れたのかあくびが止まらない。それに多分知らず知らずのうちに緊張していたんだろう。精神的な疲れも関係してるに違いない。

「ホント一体いつまでこの逃避行をしなきゃならないの」

 ボソリと本音が出てしまう。

 あたしはとにかく不安なのだ。この逃避行、あたしの味方はタクトただ一人だけ。正直タクトは強い。ここに来るまでに何体もの式神があたし達を襲ったけれども、一人で全て返り討ちにしてしまった。おそらく式神レベルだったら何体襲ってきても、タクトなら大丈夫だろう。

 けれども……。

 あたしは《forest》であたしたちを襲ってきたマッドドックを思い出す。

 タクトが言っていた通り、どうやら世界には超能力者や魔法使いがいる。マッドドックはなんとか撃退できたけれども、他の超能力者だとどうなるかわからない。

 もちろんタクトがそういった人間に負けて、あたしが捕まえられるのも怖いけれど、戦いの結果タクトが死ぬのも怖い。

 あたしがこの後の展開について考えていると、タクトが口を開く。

「すまない美鈴。眠いだろうが話を聞いてくれ」

「……なに?」

「いや、マッドドックとの戦いの時に、失われた記憶の一部が戻ってきた。それで君を狙う者の正体がわかった」

 その言葉にあたしの眠気は一気に吹き飛ぶ。けれどもなんでこのタイミングで言うんだろう。マッドドックとの戦いが終わってから八時間以上経っている。もう少しはやく話してくれてもよかったんじゃないの。

「すまない。話す内容が君のような一般人が知らない〝裏〟のことだ。それらを説明するのに落ち着いた時間が必要なのだが、今の今までそれがなかったからこんなタイミングになってしまった」

「あー……。確かにそうね」

 今までずっと敵のエージェントに尾行されてて、落ち着いて会話に集中することなんて出来なかった。ようやっと落ち着いたのはここ一時間くらい前からだ。

「これが君を狙う人物だ」

 そういってタクトは一枚の写真をあたしに手渡す。

 明らかに遠くから隠し撮りされた物であるとわかるような構図。その写真にはリムジンに乗ろうとしている一人の老人が映し出されていた。

「この人が……」

 遠くからでイマイチはっきりと顔が見えないけれども、幾つもの深い皺が刻まれているのがわかる。腰が曲がっていて杖をついている姿は老人そのものだけれども、特徴的なのはその眼だった。

 飢えたハイエナが食べ物を探して、荒野を這いずりまわっているかのように、爛々と光るその両眼。

 ただの写真だっていうのにあたしは思わずゴクリと生唾を飲む。

「名前は九曜玄黄。現在日本最強の陰陽師で、統魔転覆を謀る日本オカルト界最悪の犯罪者だ」

「……統魔ってなに?」

 なんとなくこの写真の人物凄いっていうのはわかったけれども、統魔転覆と言われても統魔自体を知らないんだからイマイチ実感がわかない。

「統魔というのはこの国唯一の公式オカルト組織だ。ここを乗っ取るということは即ち、日本全ての担い手や超能力者の頂点に君臨したと思えばいい」

 担い手というのは、魔法使いたちのことを呼ぶ時にそういうのだと、ここへ来る前にタクトが教えてくれた。その担い手や、超能力者たちを束ねる組織を乗っ取ろうとするなんて、この九曜という人はトンデモナイ人間なんじゃ……。

「な、なんでそんなビックな人間があたしを狙うのよ」

「そこまではわからない。ただ一つ言えるのは君を使ってなにか大掛りなことをするはずだ。丁度十日前、九曜はN県O市の地脈から莫大な魔力を吸収したという情報を統魔から得た。おそらくその莫大な魔力と君を使ってとんでもないことをしようとしているのだろうが、今はそれが何なのか判断できない」

 タクトの説明を聞いてあたしを狙う九曜玄黄という人間のヤバさが少しだけわかってくる。それと同時にさっきまでの不安が、より強いものになってくる。

「そういえば美鈴」

 視線を足元に向け、不安でうち震えるあたしにタクトの淡々とした言葉が降りかかる。

「さっき君が漏らしたいつまでこの逃避行を続ければいいのかという疑問に答えよう。長くもあと数日で終わる」

 タクトから言われた衝撃の言葉に思わず、さっきまでの不安が吹っ飛んでしまう。

「ど、どうしてよ?」

「それを説明するためには、まず守り屋という職業から話さないといけない」

 タクトの言った守り屋という言葉を、あたしはどこかで聞いた覚えがあった。別にずっと昔ってわけじゃない。多分ここ最近だと思うけど……。

 不意に閃いた。

「そういえばマッドドックが、あなたのことを守り屋顎のタクトって言ってたわよね?」

「ああ、そうだ。顎というのはおれたちのチーム名だ。ひとまずそのことは置いておこう。まず初めに言っておかなければならないことは、ボディーガードと守り屋は違うということだ」

「どういうこと? どっちも似たようなものじゃないの?」

「似ているが違う。ボディーガードは対象を危険から守り切るだけが仕事だ。それに対して守り屋は守り切るだけじゃない。危険を排除するのも仕事のうちに含まれる」

 そこでタクトは一旦言葉を区切る。

「つまり対象を守るだけではなく、対象を狙う敵を襲い、排除することで結果的に対象の安全を得るというのが守り屋の仕事だ」

「えっと、ようは襲ってくる親玉、あたしの場合は九曜を倒せば、結果的にあたしを襲う人間がいなくなって、晴れてあたしは安全な生活を取り戻せるようになるってこと?」

「そういうことだ」

 こくりとタクトは頷く。そしてそのままこう続けた。

「今おれの仲間が九曜のアジトを探している。見つかり次第そこに侵入し、九曜を倒す。おそらくそこまでの時間はかからないだろう」

「つまりタクトの仲間が九曜を倒すまであたしはエージェントたちに捕まらなければいいわけね」

「そうだ」

 はっきりとしたこの逃避行の終わりが見えて、少しだけ気持ちが軽くなった。それと同時に余裕の生まれたあたしの心に、ある考えが浮かぶ。

「ねぇタクト。あしたの予定ってどうなってるの?」

 あたしのその言葉にその仏頂面が微妙に変化する。

「いや、特にないが。どこか行きたいところでもあるのか?」

「うん。ちょっとね」

「そこは人が多い所なのか? そうであれば問題はない」

「そのあたりは大丈夫よ」

「だったらいい」

 うん、あそこなら確かに人が多いし、襲いにくい場所だろう。ふふふ、なんだか明日がちょっとだけ楽しみになってきた。

 あたしは心の中で笑いながら、ベッドに横になる。

「タクト、もうこれで話しは終わり?」

「ああ。もう終わった。ゆっくりと休むがいい」

「違うでしょ、タクト。そう言う時はおやすみよ?」

「ああ、そうだな。おやすみ、美鈴」

「おやすみ、タクト」

 いつもと変わらないタクトの淡々とした物言い。けれどもさっきの言葉にはなんとなく苦笑いのようなものが含まれているような気がして、ちょっとだけ笑ってしまう。


 そしてあたしは、明日のことを考えながらゆっくりと眠りについた。

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