第9話

         *



 タクトとマッドドックの壮絶な戦い。マッドドックがブチ切れておっきな火球をタクトに向かって投げた時は、絶対絶命かと思ったけれどもなんとかタクトが勝った。

 マッドドックを倒し、気持ちを入れ替えるように大きく息を吐き出しているタクトを見てあたしは彼が死ななかったことに安堵の息を漏らす。

 けれども……。


 緊張のしすぎか震えてのろのろとしか動かない手でポケットからケータイを取り出す。勿論救急車と消防車を呼ぶためだ。

 消防車を呼ぶ理由は簡単だ。マッドドックが最後に放った火球をタクトがかわしたため、そのまま店の壁にぶつかり火が燃え移ったからだ。けど救急車のは……。

 壁にもたれかかり、左手からドクドクと大量の血を流し続けるマッドドック。おそらくナンパを口実にあたしを捕まえようとしたサイテーヤロウ。それにタクトとの会話から何人もの人間をその超能力で燃やしてきたに違いない。けど、けれどもそれがマッドドックが死んでいい理由にはならない。

 震える手でボタンを押そうとした瞬間、

「なにをしている」

 いつものまにか近くにいたタクトが話しかけてきた。

「なな何って消防と救急車を呼ぶのよ」

 あたしのその言葉を聞いて、タクトはハァと溜息を吐く。

 ななななな何よ、その反応は? あたしの行動のドコがおかしいっていうのよ!

 あたしが怒りの叫びを上げるより先に、タクトが口を開いた。

「すまない。君の感性が普通であることを確認してつい、な。それよりも救急車も消防もいらない」

「なんでよ? まさかあんた?」

 このままマッドドックが死んでもいいと思っているわけ?

 あたしはタクトが彼の腕を斬り飛ばした時のことを思い出しながら睨みつける。

 タクトはお決まりになった仏頂面で首を横に振る。

「違う。マッドドックは雇われたただの殺し屋だ。おそらくもう少しでその雇い主がさっきよりも数倍の人数の式神を連れてここにやって来るだろう。後片付けはそいつらに任せればいい」

 た、確かに言われてみればそうだ。あたしが今ここで救急車と消防を呼ばなくても、相手に全てを任せた方がいい。

「わかったなら行くぞ。ここは危ない」

 そう言ってタクトはあたしの手を掴み店の外に向かって走りだす。



 喫茶店のドアを勢いよく開ける。視界に飛び込んだのはさっきまでの非日常とは打って変わって平和な大通りと、そこを歩く色んな人たち。顔にむわりと夏の熱気が纏わりつく。そしてすぐ後ろから甲高い金属同士がぶつかり合う音と、ドスンとなにかが落ちる音が聞こえる。

 なんで? タクトに引っ張られながらこの疑問を解消するため後ろを振り向く。

「えっ………」

 あたし達がさっきまでいた喫茶店forestはそこにはなく、工事現場のビニールシートで囲まれてあった。

「………なんで?」

「驚いたか? これは魔術。防音と人払いの意味を込めたある種の結界だな。大通りを歩く人間はこの幻に騙されて、喫茶店がそこにあると気がつかないだろう。君がよくここを利用すると知っての大胆な罠だ」

 そ、そういえばあれだけ喫茶店でドンパチやっていたんだ。外にいる人間が警察やら色々通報してもおかしくない。けれども大通りを歩く人々はまるであたしたちが見えていないかのように無視してた。それがこういった仕掛けのせいだなんて……。

「もう一度言う。君を攫おうとする人間はこういった超常の力を使う。決して油断するな」

 あたしはタクトの言葉に頷く。さっき喫茶店言われた時にはさほど思わなかったけれども、今は怖い。

 あたしは常識外の出来事に対する恐怖心を覚えながら、タクトに連れられ夏の大通りを走る。



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