第6話

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 ……抜かった。

 ギリギリと歯ぎしりしそうな険悪な表情でおれは声に出さず、心の中だけで呟く。今現在頭にあるのは激しい自己嫌悪のみ。

 そうだ。おれは何をやっているんだ。おれの役割は目の前の少女、桐原美鈴を守り通すという仕事を完遂させることじゃないのか。それなのにこんな罠にかかるだなんて……。

 ガタリと立ち上がり、おれ達を取り囲む虚ろな瞳の人間。これで完全に出口を塞がれてる。

「ねぇタクト。あ、あのナンパ男サイテーヤロウももしかして超能力者だったりするの?」

 不安そうにおれに尋ねる美鈴。おれは割れてガラスの無くなった窓を潜り抜け、店内に入ってきた男を注意深く眺める。そしてすぐさま脳内検索を行う。

「アァン? 誰がサイテーヤロウだってェ、ンノクソアマァ!」

「お前以外に誰がいる? マッドドック」

 おれの言葉にようやく美鈴から視線を外すマッドドック。すぐさまニヤリと口元を歪める。

「へぇ、守り屋アギトのタクトかよ。なんだテメェ、ノイズにやられたんじゃなかったのか?」

 奴のその言葉と同時にガンッと鈍器で頭を殴られたような衝撃に、思わず右手で頭を押さえる。

 おれはこの痛みに覚えがあった。そう、これは先ほど路地裏で美鈴を見たときに感じた頭痛と同じ類の痛み。つまりはおれの記憶が戻るということ。

「まあどっちでもいいや。ただの非力な女一匹拉致するだけのタリィ仕事じゃ、面白味もクソもねぇと思ったが、テメェみたいなちったあヤル人間がいれば充分狩りを楽しむことが出来るぜ」

 ニタリと獰猛な笑みを浮かべるマッドドック。

脳内にある情報によればこのマッドドックは仕事のことを狩りといって敵を嬲ることを趣味にしているらしい。戦った者はよくて半殺しで再起不能。最悪葬式時に遺体の顔を見ることが出来ないほどの過剰な暴力を振るう。そこから業界でついたニックネームが狂犬マッドドック。どうやらその情報は正しかったようだ。

「ちょ、ちょっとマッドドック。マスターや他の客を操ってるのってアナタでしょ? 早く解放しなさいよ」

 怯えているのか小刻みに身体を震わしながらも気丈に奴に向かって叫ぶ美鈴。

「アァン? お前バッカじゃね? オレは発火能力者。マインドコントロールは専門外だ。それに今ここにいるのはテメェら以外全員式神だっつーの」

「し、式神ってあの陰陽師が使う?」

 どうやら陰陽師という言葉は知っているみたいだ。まあ一昔前に映画になったくらいに有名な存在だ。美鈴が知っていてもおかしくない。

 おれは補足のために口を開く。

「そうだ。ここにいるのは奴の言ったとおり全員式神。ただの人の形をかたどった操り人形にすぎない。ある程度ダメージを与えれば本来の護符に戻る」

「まっ、こんな風にな」

 そう言ってマッドドックは右手の火球を一番端の、男の式神に放る。

 轟という音で一瞬で火だるまになる男の式神。それと同時に男の姿が消え、代わりに一枚の護符がゆらりと空を舞ったかと思うと空中で護符が燃え尽きた。

 これで店内にいる式神は全部で十六体。それにしても何故マッドドックはわざわざ戦力を減らすようなことをしたのだろうか。

「納得いかねぇってツラしてんな、テメェ。簡単な理由だよ。獲物を狩るのにオレ一人いれば充分。コイツらが一人二人消えたところで問題ねぇ」

 なるほど、自分の力に絶対の自信があるからの行動か。だがその自信がただの驕りであることを教えてやろう。

「すまない美鈴。戦いの邪魔にならないよう隅の方にいてくれ。おそらくこのマッドドックという男はおれを殺してから君を攫うだろう。逆にいえばおれを殺してからでなければ君に手を出さないということだ。隅にいて戦いの余波に巻き込まれないようにしてくれ。ただし店の外に出ようとするな。逃げようとすれば奴は必ず君にも攻撃を仕掛けてくる。おとなしく隅にいろ。わかったな」

「……わかった。絶対死んじゃダメよ」

 心配そうにこちらを見てくる美鈴に強く頷き返す。

「安心しろ。おれは死なない」

 そう言ってやると美鈴はまだ不安そうな目をしていたが、一度頷くと店の隅の方へ駆けだした。

 その後姿を視界に収めながらマッドドックは口を開く。

「おいクソ女。テメェを捕まえるのはタクトを狩った後にしてやる。一秒でも長くコイツが生き残ってくれるのを精々祈るんだナァ!」

「もしかしたら狩られるのはお前の方になるかもしれないぞ」

 挑発するようにマッドドックに言ってやった。すると奴は面白い具合にこちらの挑発に乗ってくる。

「アァン? テメェ今なんつった?」

「なに。ただ狩られるのはお前だということをな」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべてやると奴は額に青筋を浮かべ激昂する。

「ゼッテェぶっ殺す!」


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