第5話
結論から言うと、三回やって三回ともタクトは百円玉がある方の手を当てた。
「これで少しは信じる気になったか?」
「まだ、まだダメよ!」
「そうか。なら納得のいくまで試すがいい」
どうやらあたしは自分で思っている以上に頭の固い人間みたい。ここまで明確な超能力の証拠を見せられてもまだ納得できない。
「………わかった。これが最後よ」
そう言ってあたしはまた貰った百円玉を机の下で隠す。そしてタクトはさっきまでと違い目も瞑り始めた。
ただでさえ机で隠されているのに、更に目まで瞑ったらイカサマで覗いてたなんてこともできない。疑い深いあたしはもう一つ仕掛けを施すことにした。
あたしは机の下で百円玉をそっとポケットの中に入れる。左右どちらかなら確率二分の一。もしかしたら偶然三回連続で当たってしまったなんてこともあるのかもしれない。けれどもこれなら!
「さあ、どっちの手にある?」
グイッとタクトの前に突き出す握りしめた両手。けれども彼は眼すら開けずに答える。
「そこにはない。百円玉は今君の右ポケットの中にある」
問答無用、完全無欠の正解だった。
ふぅとあたしは大きく息を吐き出す。
さすがにここまでされたらもう信じるしかなさそうだ。信じる代わりにガラガラと音をたてて崩れ落ちるあたしの常識。
「わかったわよ、タクト。世界には魔法使いも超能力者もいて、そのうちの一人があなたってわけね」
「ああ。納得してくれて助かる。話しの展開上わかると思うが、君を狙っている連中はこういった君の常識外の連中だということを頭に入れておいて欲しい」
「………わかった。でもなんであたしが狙われるんだろう」
それが最大の謎。あたし自身どこにでもいるマジメな女子高生。そんな超常現象を使える人間たちに狙われる理由なんてないと思うんだけど。
「すまない。それはおれにもわからない」
そういって頭を振るタクト。まあ記憶喪失だっていってたし、期待はしていなかったケド。
あたしはすっかり冷めてしまったアールグレイを口に含む。独特の渋みが、ここ数時間で色々あった、色々ありすぎた疲れを洗い流す。
ふうと大きく息を吐き出し、あたしは心の平穏のため思考を一時凍結させる。そうすると店内に流れるさっきと違い最近の流行歌、他のお客の話し声が自然と耳に入ってくる。
「マジ勉強やりたくねー。受験生とかマジ死ぬー」
「ホントうちのネコ可愛いのよー。ただいまって帰ってくるとすかさず走ってきて足に擦り寄ってくるし」
「きゃはははは。そーいや営業部の部長、そうそうアイツアイツ。あの部長絶対ヅラだよね。え、マジ? 気付いてなかったの? ウケるー」
あたしたちが入った時から誰一人店から出た人間はいない。どうやらみんな暑い外に行くよりも、エアコンの効いた店内でテキトーにダベってる方がいいみたい。
周囲から聞こえてくる話し声を聞きながら、そんなことを思っているとタクトが話しかけてきた。
「美鈴、一応君に言っておこう。この先警察などの権力に頼ることは出来ない」
「どうして?」
「普通の女子高生がエージェントに襲われたと言われ、誰が信じる? 仮に信じて貰ったとして、保護されたとしよう。だが敵が国家権力に圧力をかけられるとしたら、保護と偽って君の身柄を確保するだろう」
た、確かに安全だと思って警察に行ったら、訳のわからないうちにあたしを狙っている組織に捕まっていたなんて冗談じゃない。
ちょっと待って。そうなるとあたしはこれからこの男と
「安心しろ。君はおれが必ず守る」
なんて赤面ものの恥ずかしいセリフを一切表情を変えることなく言ってのけるタクトは凄いと思う。かくいうあたしも微妙に頬が熱くなってる。
「それがおれの仕事だからな」
言う人が違えばただの照れ隠しにしか聞こえない、そんなセリフ。けどタクトの表情と口調が、それが本心だってことがよくわかった。
あたしはハァと聞こえるような大きさで溜息をついてやる。
さっきもそうだが仕事仕事仕事しか言っていない。この男の頭の中って仕事しかないのかしら。
なんとなく納得がいかなくて、タクトの顔をむすっとしながら見つめている。すると、コーヒーを啜っていたタクトの眉がピクリと動き、どことなく不快感を醸し出す。
まさかコーヒーが不味かったとか?
今まで変わることのなかった仏頂面の唐突の変化を見て、思わずその原因を考えていると、おもむろにタクトが椅子から立ち上がる。
「美鈴」
そうあたしの名前を呼びながらあたしの手を引っ張り強引に立ちあがらせる。
「ちょ、ちょっとなによ!」
タクトの唐突すぎる行動に動揺を隠すことが出来ず、思わず彼にそのわけを尋ねる。
「店内の会話をよく聞いてみろ」
まるで苦虫を噛み潰したかのような不機嫌そうな顔をしながら答えるタクト。
あたしの質問の答えになってないじゃん、と思いながらも言われた通り耳を傾ける。
「マジ勉強やりたくねー。受験生とかマジ死ぬー」
「ホントうちのネコ可愛いのよー。ただいまって帰ってくるとすかさず走ってきて足に擦り寄ってくるし」
「きゃはははは。そーいや営業部の部長、そうそうアイツアイツ。あの部長絶対ヅラだよね。え、マジ? 気付いてなかったの? ウケるー」
「あ、あれ。この人たち、さっきも同じこと言ってたような……」
まるでビデオの録画再生のようにさっきと同じ会話が繰り返されるのを聞いて、あたしの背筋がゾッと凍りつく。
まるで出来の悪い自動人形のように、同じ動きをし続けるあたし達以外の人間。その現実離れしすぎた光景に頭の中が真っ白になる。
「ちいぃっ」
タクトは忌々しげに舌打ちをしたかと思うと、いきなりあたしを地面に押し倒す。
「きゃっ!」
思わず出た叫び声。けれどもそれはすぐさま轟音に搔き消された。
ガシャン!
甲高いガラスの割れる音。それと同時にパラパラとあたしの側の床にいくつもの破片が突き刺さる。どうやらあたし達がさっきまで座っていた席の窓ガラスが割れたみたい。
ガラスが割れるより先にタクトが気が付いてこうやってあたしを押し倒してくれたお陰で、破片があたしを傷つけることはなかった。
ドクンとあたしの心臓が早鐘を打つ。あたしを守るためとはいえ、思いっきり押し倒すもんだから、あたしの身体とタクトの身体が密着している。思わず彼の体温を感じてしまい、場違いにもあたしの頬は赤く染まる。
「急いでここから脱出するぞ」
動揺しているあたしとは対照的に、タクトの声はいつもと変わらない落ち着いたもの。あたしに必要なことを言ったと同時に立ちあがる。
その声にほんの少しだけ冷却される。
そうだ。ここにいたら危ない、急いで逃げないと……。
そう思い、急いで立ち上がった時だった。
「おっと、そいつはさせねぇぜ」
窓の外からどこかで聞いたことのある声が聞こえる。この声の主が窓ガラスを割った人間だ、と思いながらあたしは声のする方へバッと振り向く。
「よぅ、さっきはお世話になったなァ、コノクソアマァ」
そこにいたのはギリギリと歯ぎしりをしながら、額に青筋を浮かべるあの時の
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