第4話

         3



 店内に流れる一昔前のJポップ。そこそこ流行った曲で、あたし自身テレビとかで何度も聞いたこともあるし、カラオケで何回か歌ったこともある。

 けど不思議なことにどうしても曲名が思い出せない。サビの部分だったら口ずさむことも出来るのになんでだろ。

 ………………………わかってる。

 あたしは目の前の一向に変わることのない仏頂面を見て、聞こえるようにわざとらしく溜息をつくも目の前の男の表情は変わらない。

 まったく、あたしの身になにが起こっているのか説明するんじゃなかったの。

心の中で悪態を吐くけど、それは言葉に出ることはなかった。なんというか、その……あんまりにも仏頂面すぎて、話しかけ辛いのだ。



 エージェントたちに襲われた路地裏から出たあたしは、あたしを助けてくれた男から事情を聞くために、行きつけの喫茶店forestへむかった。

 この『forest』という店は、あたしのとっておきの店である。店内の薄暗さは心を落ち着けてくれるし、なにより料理がとてもおいしいのだ。

 本当は気心の知れた友達にしか誘わないような店なんだけど、今回は事情が事情ということで仕方なくこの男を招待することにした。

 ランチタイムの終わり頃なだけあって店内に客はそれなりにいるけれども、満席というほど混んでなく窓際の席に座ることが出来た。

 そこからバイトの女の人に注文して料理を待っている間の十分間、目の前の男は一切喋らないし、表情を変えなかった。いや、そもそも今まで目の前の男が表情を変えたことがあっただろうか。

 あたしはもう一度溜息をつくと、目の前の男の顔を観察する。

全てに油断なく見つめる切れ長の目にシャープな顎のライン。充分に整った顔立ちとスラリとした体型はモデルでもやってけそうだけど、その仏頂面が全てを台無しにしてる。

 あたしはハァともう一度溜息をつくと、さっき注文を取った女の人が二人分の料理を持ってきた。

「失礼します。こちらサンドウィッチと、ドリアでございます。ご注文の品は以上でよろしいですか?」

 あたしがこくんと頷くと、女の人は失礼しましたと言って戻っていった。

「すまない。ようやく考えが纏まった」

 あたしが注文したサンドイッチを食べようとした時に、今まで話さなかった男が口を開いた。

 ……今まで喋らなかったのって、ただ単に何から話せばいいのかわかんなかったからなのね。

「まずおれの名前はタクト。君のおじいさんから依頼を受け、君の身辺警護を任された者だ」

「おじいちゃんが!」

 頬張っていたサンドウィッチを急いで飲み込んで、思わずタクトと名乗った男に聞き返してしまう。

「そうだ。一ヶ月前に正式に依頼がきた。迫りくる脅威から君を守って欲しい、と」

「迫りくる脅威って?」

 ごくりと生唾を飲み込みながら、タクトに聞く。

「すまない。今はまだ答えられない。一部記憶が失われている部分がある。それが戻れば答えられるかもしれないが……」

「ちょっと待って! つまりタクトは今記憶喪失ってことなの?」

 さらりと言われた重要事項。どうやらこの男は記憶を失っているらしい。

「ああ。だが安心しろ。君を守るという仕事にこれ以上の支障は出ない」

 タクトのその言葉にあたしは思わず背筋が冷たくなった。タクトの表情は相変わらずの仏頂面でイマイチ感情とか読めないけど、その口調から彼自身が記憶を失ったということをまったく気にしていないということがわかってしまった。

 普通記憶喪失になったら、失われた自分の記憶を取り戻すことを第一と考えるはず。それなのに、タクトはそれよりも仕事のことを優先しているように感じるのだ。

 なぜかそれが怖くてあたしはタクトに尋ねる。

「ねぇ、自分の記憶を取り戻そうとは考えないの?」

「いや、失われた記憶は一部のみ。おそらくささいなきっかけで残りの記憶も戻るだろう」

「…………………そう」

 なんとなく気まずくなってあたしは、それを誤魔化すように残ったサンドウィッチを食べる。それを見てタクトも同じようにドリアを食べる。

 

 それはあたしがサンドウィッチを全て食べ終わったときだった。おそらく空気を読んだんだろう、タクトは口を開く。

「さて、事前に君に説明しなければならないことがある」

 あたしは食後の紅茶を口に含みながら、けれども真剣にタクトの言葉に集中する。

「まずこの世界には世間一般にいう超能力者、魔法使いが実在する」

 …………思わず紅茶を噴き出さなかったあたしを褒めて欲しい。

 心を落ち着けるようにゆっくりと口の中の紅茶を飲み込む。

 さっきのエージェントにも驚いたけど、今回のタクトのトンデモ発言にも同じくらい驚いた。だって超能力者に魔法使いだよ? そんなのフィクションの中だけの存在じゃない。エージェントたちだって十分フィクションの世界の住人といえるけど、大統領とかの護衛もあんな感じだしあり得ないことはない。でも魔法と超能力はさすがにない。

「ああ。君のその反応は正常だ。むしろここで素直に認めた方がよっぽどおかしい。だがこれはれっきとした事実で、かくいうおれも超能力者だ」

 本日何度目かの衝撃的事実。どうやらあたしを助けてくれた男の人は超能力者らしい。神様、ホントあたしが一体なにしたんだろう?

「ゴメン、さすがにそれは信じられない」

 困惑しすぎて頭が痛くなってくる。こめかみを押さえながら説明出来ない色んな気持ちがごちゃまぜになった言葉を呟く。

「まあそれが当然の反応だろう。面倒だから話を進めるぞ。おれの能力の名前は空間把握。おれの身体を中心として半径四メートルまでの物事を完璧に把握することができる」

 えっと、急にそんなことを言われてもイメージ出来ないし、そもそも超能力や魔法があるって信じたわけじゃないんだけど。

「証拠を見せよう」

 そういってタクトは財布から百円玉を取り出してあたしに手渡す。

「この百円硬貨を机の下でおれに見えないように左右どちらかの手で隠せ。おれはそれを確実に当てることが出来る」

 あたしは渡された百円を言われた通り、タクトから見えないように机の下で左右どちらかの手の中に隠す。

「じゃあ今あたしのどっちの手に百円入ってる?」

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