第3話
2
ここは、一体どこなのだろうか。
目覚めたばかりなのに、いやにはっきりとした瞳を周囲に向ける。……どうやらここは路地裏らしい。薄黒いコンクリートに囲まれた、華やかな表の世界と隔絶された誰も通らない小道。
なぜ自分はこんなところにいるのだろうか。それに自分にはなにか重要な役目があったはずなのだが、どうしても思い出すことが出来ない。
思い出すことが出来るのは自分の名前、自分の持つチカラ。
なにかアクションを起こす気力がわかなくて、そのまま路地裏に座り込んでいると、センサーに一人の人間が引っかかる。
まさか自分以外の人間がこんな薄汚れた路地裏にやってくるなんて。
好奇心に駆られ、路地裏に入ってきた人間を覗き見る。
それは十代半ば、おそらく十六、七くらいの髪の毛を両サイドで結った活発そうな少女。なにかに追われているのか、必死の形相で走りつつも時々後ろを振り返る。
何故だろう、自分はこの少女のことを知っている。どこかで見たことがある。
そう思った矢先のことだった。
「ガアァッ!」
不意意に脳内を駆け巡る痛み。激しい頭痛がおれを襲う。
「な、なんだこれは………」
頭を抱える。言いようのない激痛。そしておれは…………。
*
いきなり見知らぬエージェントに、同行してくださいなんて言われてもわけがわからない。まあそれが、どこぞの社長の娘だったり、どこかの国の貴族の女の子だったらわかるんだけれど、そこら辺にゴロゴロ転がってるくらいなんの変哲もない女子高生であるあたしをわざわざエージェントが誘拐するメリットなんてない。
頭の中はあまりの急展開すぎてぐるぐると混乱しているけれども、なんとか声を絞り出す。
「え、えっと……、これって拒否権ありますか?」
細身のエージェントはヤレヤレとでも言いたげな表情で溜息をつき、肩を竦める。
「ふぅ、おとなしく同行願えませんか? こちらとしてもあまり手荒なことはしたくないので」
あくまで人の良さそうな笑みで、けれどもそこには有無を言わせない迫力があった。
…………あたしにはわかってしまった。このエージェントはもしあたしがこいつらと一緒に行かないと言ったら、確実にその温和そうな顔を歪め、有無を言わせぬ暴力で無理矢理あたしをどこかに連れ込むだろう。
これはただの脅しじゃない。あたしがこのエージェントの言葉を拒絶したらおこる未来。
周囲を見る。あたしを逃がさないように前と後ろ三人ずつ、合計六人のエージェントがいる。ここは表と隔絶された暗く狭い路地裏。たとえここで大声をあげて助けを求めたとしても、表の喧噪にかき消され届くことはない。
絶体絶命、誰が見ても絶対絶命の状況。ガクガクと膝が震える。
こいつらエージェントの言うことを聞いて大人しくついて行ったとして命の保証はない。もしかしたら数年前日本のニュースを騒がせた拉致事件のように言葉もわからないどこ遠い国に連れて行かれるのかもしれない。
恐怖。あたしのこれからのことに対する恐怖。けれどもこのエージェント達に自分が怯えている姿を見せるのは、そう、なんというかシャクだった。
あたしは震える身体を誤魔化すようにキッと睨みつけてやる。
それを受けサディスティックに笑う細身のエージェント。
その瞬間あたしは視界の端に人影を捉えた。
「えっ…………………………」
エージェントの後ろ、数メートル先。ゆらりと立ち上がる一人の男。エージェントのようにスーツというわけではないが、全身真っ黒な服。一九十センチはありそうな長身に、スラリとした体型はどこかのモデルみたいだ。
この謎の男があたしの方へゆっくりと歩いてくる。
さっきまで話していたエージェントはあたしの視線が自分に向いてない、正確にいえばその後ろに向いていることを訝しむように後ろを振り向く。
「なあぁっ、貴様は!」
エージェントは驚きの表情を浮かべる。それと同時に懐に手を入れなにかを取り出そうとしたとたん、さっきまでゆっくりと歩いていた男が猛スピードでエージェントに迫る。
エージェントが取り出したのはこの平和な日本でまず見かけない一丁の拳銃。
あたしが拳銃についてなにか思うよりも速く、エージェントは謎の男に照準を合わせる。そしてトリガーに手をかけた瞬間、男の蹴りが拳銃を空高く弾き飛ばしていた。
そして男はそのまま細身のエージェントの鳩尾に強烈な肘打ちを叩き込み昏倒させると同時に、控えていた二人のエージェントをそれぞれ顎に一撃与えてノックアウトさせる。
「チィッ!」
背後から舌打ちが聞こえ、グイッと大きな指で襟元を掴まれ後ろに引っ張られる。
そういえば後ろにも三人のエージェントがいたのを忘れてた!
あたしを引っ張りながら、がっちりとした体型のエージェントたちは懐から拳銃を取り出し……。
「キャアァッ!」
あたしはこの後の惨劇を予想し、思わず目を瞑る。
ダダンッ! と、くぐもった三つの銃声。
さっきエージェントと戦った男はどうなったんだろう。生きているのだろうか、それとも…………。
目を瞑り、蹲る。あたしにはどうしても目を開け、目の前の光景を見ることが出来なかった。
「大丈夫だ」
しばらくたってぶっきらぼうな口調とともにポンとあたしの頭に誰かの手が置かれる。
恐る恐る瞳を開けると、そこにはさっきの男の人がいた。
「えっ、あのエージェント達は?」
急いでキョロキョロと周囲を見渡すと、いつのまにか最初にあたしに話しかけた細身の人以外のエージェントがいなくなっていた。
まさか殺した………ちょっと待って。
あたしは自分の考えを即座に否定する。
もし目の前のこの男の人がエージェント達を殺したなら、見たくないけど死体が転がっているハズ。けれどもそれがないってどういうことなのだろう。
ふと気がつけば神社にあるような御札がヒラヒラと空を舞っていた。なんでこんなものが宙を舞っていたのか考えようとした瞬間男の人に腕を引っ張られる。
「ここは危ない。急いで表通りに出るぞ」
確かにいつまでもこの路地裏にいたら、またさっきのようなエージェントが現れるかもしれない。けれどもあたしはこの男の人について行ってもいいのか。
一応エージェントからあたしを助けてくれたとはいえ、これまでのことがあるんだ。ホントにこの男を信用してついていっていいのだろうか………。
「確かにキミのその反応は正しい。今はまだ信用して貰えないと思うがおれはキミの味方だ。今キミが置かれている状況を簡単に説明したい。そのためにも急いでここから抜けたいのだが」
「……………わかった」
あたしはこの男の言葉にしばらくの間があったとはいえ、頷く。
女の勘てやつだけど、目の前のこの男はさっきのエージェントとは違いあたしに危害を加える気なんてなさそうだ。
それにこの男が言う通り、この路地裏から急いで抜けた方がいいっていうのも一理あるし。
「それじゃあ行くぞ」
あたしは光溢れる表通りへ向かい、歩き始めた。
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