第2話
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
最近流行りのクールビズなんて無関係そうにいかにも暑そうなスーツを着ているサラリーマンのおじさん。興味深そうにこっちを見てくる男数人のグループ。夏休みを利用してデートに行くカップルたち。幾つもの視線があたしに突き刺さる。
けれどもあたしは走る足を止めない。
まったく今日はなんてツイてないんだろう。
人通りの多い、街のメインストリートと言うべき道を走りながら、心の中で盛大な溜息をつく。
八月中旬の午前中、まだまだ受験とは無関係でいられる高校二年生、特に部活に参加していなかったあたしにとっては特別暇な時間帯。
人によってはそろそろ受験勉強を考えた方がいいよ、と言うかもしれないけど、流石にイマイチ勉強やる気がなく、また友達はみんな部活で忙しいため遊びにも行く気がしない。
普段ならパソコンでネットでもやるところだけれども、ここのところずっとそればかりで飽きてしまった。
だから今日は気分転換に、一人で街をぷらぷら目的もなく歩いてみようと思ったのだ。それにデパートに寄ればクーラーが効いてて涼しいし。
そんなわけであたしなりのちょっとだけオシャレして街へ繰り出した。
「ねぇ、キミ一人? もしよかったら一緒にお昼でも食べない?」
なんてナンパに使い古された言葉を急に背後からかけられたあたしはビクンッと肩が跳ね上がる。
正直今までナンパなんてされたことなんてなかったあたしは、心持ちビクビクしながらゆっくりと振り返る。
声をかけてきたのは派手な茶髪に、腕に髑髏やらなにやら色々な刺青(タトゥー)を刻んだどこかアブナそうな雰囲気の若い男の人。なんでか知らないけれどもどこか面倒臭そうに顔を歪めてる。
正直言ってあたしは完全にこの男をドン引きしていた。
どこにでもいるマジメな女子高生を自称するあたしにとって、まさかこういった不良チックな男にナンパされるだなんて完全な予想外。思わずうろたえてしまった。
どうやら目の前のナンパ男は、いつまでたってもあうあうとうろたえるばかりでなんのアクションを起こさないあたしにイラッときたみたい。
チッと舌打ち一つ、ナンパ男は乱暴な手つきであたしの左腕を掴む。
「だーメンドクセェ! いいからテメェはコッチに来ればいいんだよ!」
グイッと男らしい力強く引っ張るナンパ男に、あたしの頭は一瞬で真っ白になる。
「は、離してください!」
「ウッセェ、このクソアマ!」
最初に声をかけられた時に感じた丁寧さは微塵もない、乱暴な口調。そしてグイグイわたしの左手引っ張るナンパ男改め
「あーもう、離してって言ってるでしょ!」
このしつこさとウザさにブチギレたあたしは、このサイテーヤロウの顔面に懇親のパンチをお見舞いしてやった。
「ぐわっ!」
バゴンッという快音。あたしはクリーンヒットを確信すると同時に、おー……、という
どうやらいつのまにかかなりの人数のギャラリーがいたみたい。耳に届く歓声は一つ二つじゃなかった。
確かに真昼間の大通りで(あたしにとっては物凄く不本意だけれども)痴話喧嘩が行われていたら、嫌でも人々の注目を集める。気持ちはわかる、気持ちはわかるけれども
顔面を殴ったお陰であたしの左手の拘束は解かれた。今は急いで目の前で顔を押さえ蹲ってるサイテーヤロウから逃げないと……。
「待ちやがれ!」
後ろの方からドロドロのマグマのような怒りの怒声が聞こえる。
「………………ヤバ」
走っているから顔こそ見えないが、おそらくあのサイテーヤロウの額には漫画みたいな青筋が浮かんでいるだろう。流石に捕まったらヤバそうだ。あたしは全速力で走りだした。
高層ビルと高層ビルの隙間、感覚にして三メートルくらいの表の社会から切り離された別世界。外の明るさと無縁の、暗い路地裏の中央部分であたしはへたり込む。
わざわざ路地裏なんかに逃げ込まなくたって、普通に人ごみに紛れてやり過ごせっていう奴がいるかもしれない。
確かにあたしもそれは思った。けれども紛れこもうとするとまるでモーゼの十戒のように人ごみが割れたのだ。そんな中でどうやって紛れろっていうのよ!
「さ、流石にここまで来たら、大丈、夫よね?」
大きく肩で息をしながらあたしは呟く。
なんの確証もない、ただの希望的観測にすぎないけれども、今はその幻想にすがりついていたい。流石にちょっと、疲れた……。
ようやく息が整いだした5分後、コツンコツンと何人かの足音が聞こえてくる。
まさかあのサイテーヤロウ? とちょっとビクビクしながら足音の方向を見る。
そこにはこの真夏にも関わらず、ビシッとした黒いスーツにサングラスをかけたいかにもエージェントって雰囲気の屈強そうな男の人たち。
彼らが路地裏を進む。同時に後ろからも足音が聞こえ、思わず振り返ると同じようなエージェントがいた。
「えぇっ? ちょっ、なにこれ? どうなってんの」
あまりの急展開にあたしの脳みそが追い付かない。い、一体どこの世界にこんな展開を予想できる人間がいるというのだろうか、いやいない(反語の句法)。
自分でもイイカンジにテンパッてきてるのを自覚した時にはもう遅く、エージェントたちはこの狭い路地裏からあたしを逃がさないように取り囲んでいた。
「え、えっと………、あ、あたしになにか用ですか?」
この一種異様な雰囲気と、エージェントたちの無言のプレッシャーに押し動かされ、思わず一人だけグラサンをかけていない細身のエージェントに尋ねる。
「桐原、美鈴さまですね? 我々と同行していただけないでしょうか?」
……………………………神様、あたしが一体なにをしたぁ!
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