第3話 その夜のこと 1

「はい。ブツ」

 肩掛け鞄から小さい袋を取り出して、手元で渡す。替わりにお札を受け取る。

 学校の植え込みの影での光景、先生が来ないうちに逃げないと。

「リリー」

 名前を呼ばれて振り返る。

「ああ、ティア。久しぶりー」

 ハグしたらいつもの彼女のいい匂いがして、懐かしくなる。彼女はお金持ちの家の子供で、高級なにおいがする。

「久しぶりの再会だけど、私は先生に見られる前に帰らなくちゃいけない」

「学校戻って来てよ」

 私がイェスということはないと分かっていても、彼女はいつも誘ってくれる。

「お金たまったらね」

 だから私も何となくぼやかして返す。戻りたいかと言われたら……どうだろう? 授業は退屈だけど、皆といるのは楽しい。でも、皆と会うためだけに一日の大半を椅子に座って過ごすのは嫌かも。

「じゃあね。またね」

「あ、まって。バス乗る?」

「嫌、まだこ街にいるけど」

「あーそっか。私今日バスなの」

「執事さん来ないの?」

 彼女はいつも黒い高級車で、執事さんに送迎されてる。

「そう。怪我しちゃって。ねえ聞いて」

 彼女が歩きだしたので横についていく。

「昨日ね。ファンタジーが起きました」

 起きましたか。

「なんかね、私いつも通り部屋でくつろいでたの。そしたら爆発音がしてね、部屋出るじゃん。で、そしたら廊下の向こうからね。女の子が歩いて来たの。それもただの女の子じゃないの。なんかこう、悪魔みたいな女の子なの。で、SP達が彼女を止めにかかったんだけど、もうバッタバッタなぎ倒されて。パパもママもお兄ちゃんも、その時いなかったから無事なんだけど、パパの部下たちが皆負傷」

 彼女はバスの列に並んだので、私も列の横に立つ。

「貴方のパパを狙ったんじゃない? ほら、会社で怪しいことやってるから狙われたんだよ」

 彼女のパパは会社の社長だ。仲間内の話で、実はうちらみたいなアクドイ組織ともつながりがあるとかないとか言われてる。私はそれを種にして時折ティアをいじってる。

「ねえやめてよ。うちのパパはそんな人じゃありません」

「社長って大体裏ではやることやってんのよ」

「変なこと言わないで」

 バスが来た。

「ティアもほんとは不倫相手との子供だったりして」

 軽口を言ってその場を去る。


 私は地元のギャングに属してる。まだ下っ端の方で、ごろつきの一人にすぎないけど、私も一員のつもり。

 私の役割は、上から渡された物を売り捌くこと。ノルマを超えた分は私がもらえる。

 高校はいい売り場だった。二つ上のギャング友達も、同じ高校の出身で(私と同じ中退)、前までは彼の売り場だったんだけど、私に譲ってくれた。

その彼と今、いつものハンバーガー屋で、馬鹿みたいにでっかいバーガーを分け合ってる。一人ではとても食べきれないサイズで、別々に頼むより安いのだ。飲み物は一つしかついてこないので、同じコーラを二人で分け合う。

 テーブルの中央に置かれたコーラのカップに手を伸ばしたけど、先に取られる。

「飲み過ぎだ」

 カップを握る顔は真剣だ。彼はとても真面目だった。好青年。ギャングだから好青年ではないか。

 彼はストローに口を付けて、唇を離したときに、ストローの途中まで上がったコーラが落ちる。あれ、彼の唾液が含まれてないだろうか。

 カップが彼の手を離れたので、取る。睨まれたので、控えめにちょろちょろ飲む……気にしてるのは私だけかな? ちょっとドキドキしながら飲む。こんなのしょっちゅうだけど。私が子どもなのかな? 彼はどうなんだろう。そういう経験はあるのだろうか。モテそう。可愛い。

 気が利くし。顔も綺麗だし。

「今夜、暇?」

「え、デート?」

 私の反応が早すぎてガチっぽ過ぎたのか、二人してちょっと固まる。

「冗談だよ冗談」

 固まった時間を何とか動き始めさせる。

「暇だけど。なに?」

「パーティーがあるんだけど行かない? 集まりでさ、俺より上の方の人も来る。気に入られたら、いいことあるかも」

「おー。いくよ。何処でやんの?」

「街のクラブ。迎えに行くよ。バス停まで来て」

「おー。わかった」

 服何着てこう。

「デートも行く?」

「え?」

 顔を上げたら、彼は頬に手を置いて、そっぽを向いてる。

 私は一回手元に視線を落として、もっかい前を向く。その頃には彼も私の方を見ている。

「いく」

「おお。じゃあ、今度また誘うわ」

「待ってる」

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