第2話 街に出るまで
意識の最後の灯が消えようとしていた一歩手前。
『まだ眠るには早いよ。夜はこれからじゃないか』
何処からか声が聞こえた。
『ほら、死んでからがパーティーみたいなとこあるだろ?』
それは良く分からないけど。
「じゃあ、私は亡くなったの?」
『死にかけてる』
「じゃあ、見てないで助けてよ」
見てるのかどうかは分からないけど。
『僕は死ぬのを楽しみに待ってるタイプのモノだよ』
その時、視界に黒いモヤモヤが広がった。元々暗いけどもっと黒い気がする。
それはモヤモヤとしていまいち捉えどころのない形をしている。
「あなたは悪霊か何か?」
『もっと高位のモノだよ。悪魔とでも呼んでくれ』
声は聞こえて来るけど、声もまた良く分からない声だった。高いのか低いのか、すんでいるのかしわがれているのか。
「悪魔がどうしたの? 私に何か用?」
『死にかけている君に力を貸してあげてもいいと思ってね』
「代わりに魂でもさらっていくの?……放っておいてよ。やっと眠りにつけるところだったんだから」
『君をここに連れてきた者達に復讐したいと思わないかい? そうすれば君のような娘を助けることが出来るよ』
話の早い悪魔だった。的をついていて少し癪だ。
「……やだ。悪魔の誘いに乗ったって、大抵ろくなことがないもの」
『もちろん私のも得があるから手を貸すんだ。そう甘い話じゃない。だから安心してくれ』
それは余計に安心できない気がするけど。
『人間って結構売れるんだよ』
「知ってる」
『肉体は悪霊の器にも、魔女の儀式にも使えるし、魂は悪魔の好物だ』
「うーん」
『だからどうだい、君は悪の組織を倒す。僕は君の倒した人間で稼ぐ。どうだい? いいビジネスだろ? 乗った?』
「えー」
「このまま何もできずに死ぬのとどっちがいい? 彼女たちと、君の刻んだ線を思い出してくれ」
悪魔は誘いに乗せるのが上手だ。
「乗った」
それからのことは、まあ大体こんな感じだ。
彼の力で傷の治った私は、久しぶりに光を見た。悪魔の力で光を見るのはちょっと皮肉だった。久しぶりにはっきりと見た部屋の様子はどこか懐かしかった。
傷が治ったのにおまけで、身体が黒い霧に包まれていた。真っ黒な爪は鳥の足みたいに鋭い。鉄の扉に振りかざしてみると、扉は勢いよく吹き飛んでいった。
地下室を飛び出した私は、回廊の階段を登って地上の階に出た。地下室よりもずっと広くて、白い光に照らされて、天井に渡されたシルクの布が靡いている。
黒スーツを着たサングラスの男が驚いたように私を見る。彼の身体を薄い黒霧が包んでいる。『それは、彼の背負っている罪の重さだよ』私は彼を蹴り飛ばす。
もう一人彼の後ろにいた人が私向かって拳銃を抜いた。弾丸は私の身体を包む黒い霧に飲み込まれた。何処に消えたんだろう? 撃たれた私も分からなかった。
それから館にいる人たちを倒し回った。あまり良く知らないけど、多分こういう館にいる人は大体みんな悪い人なんだろう。みんな結構、闇が深かった。
闇のない白い人には手を出さなかった。途中私に食事を持ってきてくれてた使用人とか、私と同い年ぐらいの女の子に出会った。
そうして館の扉を蹴飛ばして外に出る。背後、屋敷の広間には倒れ伏した人たちが転がっている。私の身体から伸びた影が、彼らの身体をついばむように包んでいる。
「行くよ?」
『まって、魂を回収してるから』
「ああ、そういえばそうだったね。何も考えてなかった」
彼にとっては商売なんだった。
『まあ、最初だから僕の力になれてくれるだけで上出来だよ。君はやっぱり、才能がある』
「ほんと? 嬉しい」
『あの部屋で君ほど長く生き延びた人はいないよ。大体みんな発狂するか、周囲からの刺激に対して何の反応も示さなくなる。異常な環境に適応した君はとても異常で僕好みだ』
「まるで私を悪魔みたいに言わないでよ。私は正義のために戦ってるんだから」
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