Soul Traffic
@poli_cho_poli
第1話 出会うまで
Soul Trafficker
目はもうあまり見えなくなっている。
右手を持ち上げたら、自分の重さに耐えられなくてポトリと落ちた。
落ちた先は左の二の腕。さすってみると、ぽつぽつと注射の跡があった。
ぼやけた視界の中の天井では、シャンデリアがきらきらとか輝いている。
ここに連れて来られてから一月ぐらいが立つ。
街に出稼ぎに来て、バスを降りたところで声を掛けられた。優しそうなおばあちゃん。
家政婦を探していて、うちで働かないかと言われた。
提示された金額は申し分なかったから、彼女が停めてあると言った車までついていった。
車は何故か人気のない路地に止められていて、その後の記憶はない。後頭部を殴られた気がする。
次に目が覚めたのは、動物園の檻の中みたいな場所。六角形の部屋。
各辺にはガラス窓がはめられている。各窓の向こうから、スーツを着た男がこっちを見ている。彼らはデスクに座って、部屋の中央に立つ私を値踏みしている。服は着ていなかった。
私の腕を押さえている人に、時折身体を動かされた。四方八方の彼らに見えるようにだ。
この時の私はなぜか意識がぼんやりとしていて──今思えば、この時すでに薬を打たれていたのだ──倒れそうになった。ふらついている私は、審査員の前で踊ってるみたいだ。
そうして、彼らのうちの誰かに入札されて、私はここに連れてこられた。
この部屋しか知らないから分からないけど、石造りの壁、天井のシャンデリア、天蓋の付いたベッド──お城のような場所だった。
薬漬けにされた私は一日のほとんどをベッドの上で過ごした。
それから、時折やってくるこの館の主人の相手をした。だからまあ、結局一日中ベッドの上だ。
窓のない光の閉ざされた部屋だから、一日という感覚はなかった。
ベッド脇の燭台にはポットとグラスが置かれている。時折メイドのような人が替えに来るけど、彼女は私と目を合わせようとはしなかった。
グラスを取ろうとした私は、上手く力が入らなくて、燭台に向かって倒れ掛かってしまう。燭台の上のポットが床に転がって、水が散らばった。
「いて……」ぶつけた肘を押さえていた時私は、あるものを見つけた。燭台が定位置からずれて、壁との仇に隙間が出来ていた。
隙間が出来た部分の壁に、線が引かれている。何かで削ってできた細い線、等間隔に三十本ほど惹かれている。
「ああ……」私は何となく察した。これまでも私と同じようにここに連れて来られた娘がいたんだ。一人が引いた線なのか、三十日なのか三十年なのかは分からないけど……私は自分の後先がそう長くはないように感じた。
それ以来私は、一日は分からないから館の主人が来るたびに、食事用のフォークで線を一本書き加えた。何となく彼女たちの遺志を継ごうと思って。
六十本ほど引いたとき、私は目が見えなくなった。
抵抗できないようにずっと薬を打たれているから、身体がおかしくなってしまった。
もう死ぬのかなと思った。でも死んだらもう線を引かなくていい。それもいいかなと思った。
それから故郷の弟たちのことを思った。結局、一銭も仕送りできてない。ごめんね役になてなくて。元気でね。
真っ暗な世界はとても寒い。
そうして死にかけた私は彼に出会うことになる。
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