無辜のバリスタ②

 魔方陣をキョウと共に潜り抜けて裏庭のほうに出る。キョウは早くも慣れたようで、頭から地面に着地することはなかった。馬鹿にしてやろうと企んでいたのに、密かな楽しみが一つ減ってしまった。

「そういえば、キョウ。昼頃に姉ちゃんと会ってたんだって?」

「ああ、うん。知っていたのか。ちょっとこの間の事件について色々とね」

「ふぅん。それにしても、待ち合わせの喫茶店。あそこいい店だっただろう?」

 まるで自分が経営しているかのように自信たっぷりにいうと、キョウが苦笑した。

「いいところだったよ。ジョヴァンニも行ったことあるのか?」

「常連客だぜ。ああいう雰囲気の喫茶店を、いつか俺も開きてぇなぁ」

 何気なく呟いた一言に、キョウが口をぽかんと開けた。

「えっ、ジョヴァンニが喫茶店? 似合わないだろ」

 全くもって心外である。にやりと不敵な笑みを浮かべてキョウを横目に見る。こいつは俺の凄さをまだ知らない。

「キョウ、夕食のあとにコーヒーを飲ませてやるから覚悟しておけよ」

「望むところだ」

 何故夕食のあとかというと、今日は俺の退院祝いだということでキョウたちがご馳走してくれるとのことだからだ。一週間ほど前には退院していたのだが、定期的に傷の具合を診せにいっていたので時間の都合があわなかったのだ。

 俺の自信に満ちた表情をみたキョウは、つられるようにしてにやりと笑った。

「そういえば、世界一美味しいコーヒーを淹れる男だとかなんとか言っていたな。僕もアイも、コーヒーをよく飲むからね。辛口のコメントを期待しといて」

 冗談めいてにやついているキョウを見て、ふっと鼻で笑い返す。絶対に度肝を抜いてやる、という気持ちが心の中で次第に大きくなっていくのを感じた。

「俺が自分の店を開く暁には、キョウを一番に招待してやろう。広いと手が回らなさそうだから小さい店にする予定だ」

 質問されてもいないことを淡々と話しながら、キョウの住んでいる家にお邪魔する。

 ここにくるのも久しぶりだ。よくよく見てみれば、思ったよりも片付いている。キョウのことだから、もっと魔導書とかが散らかっていてもおかしくないだろうに。

「喫茶店かぁ……。そうだな、小さいほうがいいんじゃないかな」

 キョウはまだ俺との会話を途切らすつもりはないらしい。部屋の様子に気を取られていて喫茶店の話をしていたのをすっかり忘れていた。やや遅れて返事をする。

「隠れ家的な喫茶店。こういうのって男のロマンだよなぁ。店名とかも考えておこうかな」

 何か洒落たいい名前はないものかと思案していると、部屋の奥から妖精と、笑みを浮かべる少女がひょっこりと顔を出した。

「でたな、うるさいやつ!」

 妖精は見るからに嫌そうな顔をしてこちらを指さしている。そういえば、この妖精に飛び蹴りを何発か貰った気がするが、それももう今となっては懐かしく感じる記憶だった。

 その隣でまだ笑みを絶やさずにまぁまぁとなだめているのがキョウのいっていたアイという人だろう。グリモア魔法図書館での一件のときに居たそうなのだが、向こうは気を失っていたそうだし、こちらも全く視界に捉えていなかったため初対面である。

「やぁどうも。俺はジョヴァンニだ。姉ちゃんから少し話は聞いてるよ、キョウの恋人なんだって?」

「えっ!?」

 アイの顔が紅潮こうちょうしていく。妖精が隣でやれやれと首を振ってから、こちらに飛び掛かってきた。

「アイにちょっかいかけるなよ! うるさいやつ!」

「うるさいやつじゃなくて、ジョヴァンニだっての!」

 見かねたキョウが仲裁に入ってくれたおかげで飛び蹴りは喰らわずに済んだ。

「こら、リリィ。すぐに飛び掛かるなよ全く」

 ほうほう、リリィという名前なのか。性格のわりには可愛らしい名前だ。

「うん、だって今日はご馳走だよってアイが言っていたから。お婆さんも行っておいでって言ってくれたからね!」

「おいおいリリィ。この俺の退院祝いだっていうのに相伴しょうばんに預かる気かぁ?」

 気安く呼ばないでよ、と顔を顰めているリリィの横でアイが力強く胸を叩いた。

「ジョヴァンニさん、私に任せてください! 命の恩人なんですから、食べきれないぐらい用意するよ」

 命の恩人といわれて一瞬頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ気がする。俺が姉ちゃんを助けたことで、結果的にキョウも、アイも助かったからそういうことなのかもしれない。

「そんなにだいそれた者じゃないが……遠慮なく頂くぜ!」

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