穏やかな昼下がり

 冷静さを取り戻したアイと、初めて一緒に買い物をした。てきぱきと食材を選び抜くさまに感銘かんめいを受けていると、いつの間にか会計も終えていた。中身の詰まった沢山の袋を「はい、キョウが持ってね」と当たり前のように手渡された。まぁ、元々持つつもりだったけれど。

 町の喧騒けんそうを背に、舗装された道から外れて林道へ向かう。いつもこの林道を通っているのかと思うと少し胸が痛くなる。なんせ道はでこぼこしており、そこかしこに小石が転がっている。草木も生え放題で、良くいえば自然が豊富ともいえるだろう。しかし、荷物を持ってここを歩くのは骨が折れる作業だ。今まで魔導書を読み耽っていてアイが普段どれぐらい買い出しに苦労しているのか、どうして見ようとしなかったのだろう、と己の怠惰を恥じた。

 何か楽な方法はないかなと思索しさくに耽りながらゆるやかな坂道を登っていくと、急に視界がひらけて壮麗そうれいそびえる山々が出迎える。

 時の流れとは早いもので、山の稜線りょうせんに隠れるように、太陽がゆっくりと沈んでいくのが見えた。以前、リリィのお婆さんから託宣を授かった場所はどこかな、と探してみたが方角が違うのかそれらしい大樹は見つけることは出来なかった。

 しばらくアイのあとを付かず離れずついていくと、見知った景色が広がって僕たちが住んでいる家がぽつんと立っているのが見えた。ここまで来るのに結構歩いた気がする。スイカを持ってくるリリィも凄いが、アイの体力も半端ではない。それでもやっぱり、記憶を失くす前の自分がどうやってここに辿り着いたのかは、全く思い出せなかった。

 家に着くと、テーブルの上に置きっぱなしだったリリィの書置きを見てアイが首を傾げていた。

「なに? これ」

「ああ、それはね……」

 折角なので、ジョヴァンニという騒がしい奴が来たこと、そしてそいつにはアテナさんというとんでもなく強い姉がいるということ、空間圧縮の固定化魔法がされている賢者の石のこと、思い出せる限りのことを話題にして、一緒に料理をした。

 何だか今日は、一緒に何かをすることが多い。それに珍しくよく話すと自分でも思う。饒舌じょうぜつな僕に、アイは笑みを浮かべて耳を傾けてくれる。

 人質にされていたアイは、きっと辛かっただろう。そんな辛い思いを少しでも緩和させるために、面白おかしく話をして笑わせたかったのかもしれない。あるいは、僕自身も少なからず恐怖を感じていて、普段の日常を取り戻すことで心の平穏を保とうとしていたのかもしれない。自分の気持ちが入り乱れて、よく分からなかった。それでも、相槌をうって僕の話を聞いてくれる彼女の存在が嬉しかったし、心地よかった。

 食事を済ませると、先ほど町でおねだりして買ってもらった『期間限定魚介の風味が後を引くシチュードリンク、ストロベリー風味』と書かれている飲み物を取り出す。今にも味が喧嘩しそうな飲み物だが、僕はこういった奇抜なドリンクを気に入っている。しかしなぜか、たまに買ってきてもらう期間限定の飲み物は売れ行きがかんばしくないらしく、勿体ないといつも思う。

 沢山話したせいでからからに渇いた喉を潤して、伸びをする。

「いててっ」

 体中の筋肉が一斉に悲鳴を上げた。これは決して飲み物のせいではなく、今日だけで動きすぎたんだろうと思った。なにせ、得体のしれない人形と戦ったり、散々図書館内を彷徨い歩き、挙句の果てに買い物をして慣れない道を長いこと歩いて帰ってきたんだから。

 この飲み物は疲労回復に効果はあるだろうか、と再び喉を潤していると、次第に眠気が襲ってくる。

 そういえば、封筒の中身をまだしっかりと読んでいなかった。しかしまぁ、解錠は無事に済んでいるし読もうと思えばいつでも読めるのだ。今はこの微睡まどろみが心地よかった。

 アイはどこに行ったんだろう。こうべめぐらすが姿が見えなかった。トイレにでも行っているんだろうか。

 ソファーに深く腰掛けると、疲労のせいもあってか瞼が重くなる。気が付くと、そのまま眠りに落ちていた。



          *




「ねぇお母さん。僕これがいい」

「え? 他にも色々あるわよ?」

「ううん、これがいい。なんだか一人ぼっちで寂しそうだから」

「そうね……」

「ねぇ、いいでしょう?」

「もちろん、いいわよ」

「やったぁ!」

「今年はこれで決まりね」

「ありがとう、お母さん。僕大事にするね」

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