解錠呪文
二人でこうして歩くのは久しぶりだと思いながら、本の世界を歩く。
見渡す限りに本棚があり、どれも本がぎゅうぎゅう詰めだ。何だか古書独特の匂いも感じられる。アイは何度か来たことがあるようだったので、あまりきょろきょろすることはなく落ち着いていた。
ほどなくして、目当ての魔導書がある本棚を見つけることができた。
本棚が見つかったはいいものの、思ったよりも膨大な量の魔導書が収められていたので、アイと手分けして探す。ようやく見つけて引っ張り出した魔導書は、解錠の呪文だけが書いてあるとは思えないほど厚みがあった。
中身を確認すると、解錠の呪文がしっかりと記されている。どうやら何通りもあるみたいで、自分にあった解錠呪文を使えという旨が最初のページに記載されていた。
どの呪文を見てもそうなのだが、どうも覚えるというよりも思い出している気がする。記憶があったときの僕は、一体何をしていたんだろう。
呪文の一覧を目で追う。様々なアイテムを使う解錠方法もあったが、今は特になにも持っていない。純粋に媒体を通さず魔力を使い解錠する方法を見つけると、やはりどこか既視感があった。
呪文を詠唱して、人差し指に魔力を込める。その指で封をされた部分に小さな円を描いて、一旦指を離す。ボタンを押すかのように指を押し付けると、小さな明かりと共に封筒が開いた。
「なんか、思ったよりも簡単だったね」
横から成り行きを見守っていたアイが、解錠の手引きが載った魔導書を閉じる。ぱたん、と気持ちの良い音がした。
「うん、もしかしてアイは解錠の仕方を知っていたりする?」
そう訊きながら封筒の中身を確認しようとしたとき、アイではない女性の声が耳に飛び込んできた。
「あ、いたいた。キョウ君!」
廊下に目を向けると、アテナさんがすっかり元気そうに手を振りながらこっちへ向かってくるところだった。
アイが訝しげに、彼女の様子を窺っている。アイは気を失っていたから、アテナさんとは初対面。いや、ロビーで会っていたかもしれないが、自己紹介まではしていないだろう。
「あのね、賢者の石は無事だったんだけど、図書館は一旦閉鎖することになったわ。その前にお目当ての魔導書だけでもって思ったけど、もう大丈夫みたいね」
アテナさんは単刀直入にそう伝えると、にやりと不敵な笑みを浮かべてアイを見つめる。その笑顔に恐怖は感じなかった。
「キョウ君の彼女、目が覚めたのね。大した怪我もなかったみたいで良かった良かった」
「かの……じょ……?」
アイが金魚のように口をぱくぱくさせて、手に持っていた魔導書を床に落とした。足にぶつかるんじゃないかと思ったが、カーペットの上に鈍い音を立てて落ちた。とはいえ、魔導書の管理人の前で本を粗末に扱ったと思われては困る。すぐに拾い上げて様子を窺うと、別になんとも思っていないようでほっとした。
そのままアイの顔を覗き込んでみると案の定、白い肌が赤い絵の具で塗りつぶされているかのように真っ赤に染まっていた。何ともわかりやすい反応だ。
「ちょっとアテナさん。彼女じゃないですってば、命の恩人ですよ」
「あれぇ、そうだったっけー?」
アテナさんは「なーんだ」と言いながらにやにやと笑っている。絶対分かっているくせに、なんとも悪戯好きの人だ。それでも、本調子に戻ったようなのでもう心配はいらなそうだ。
「ところで、アテナさん。さっきの侵入者の件について、王都のほうから事情聴取されたりとかするんですか?」
話題を変えるべく話を振ってみたが、まだアテナさんはアイの反応を堪能しているようだった。
「うーん、多分ね。でも隣国とのいざこざに巻き込まれると面倒よ。私が一人で対処したことにしておくから、キョウ君たちは帰りなさい。もし気になるんなら、情報がまとまったら連絡するわよ」
「そうですか……。ではまた機会があればその時に」
「うん。彼女さんも、気を付けてね」
「だから違いますって!」
これ以上アイを困らせるとまた気絶しかねないと思い、慌てて否定するがアテナさんはどこ吹く風と聞き流している。
「まっ、そういうことだから気を付けて帰ってね。あの傀儡子の狙いは賢者の石だったから、帰り道はよっぽど大丈夫だとは思うけれど。用心するに越したことはないわよ。何かあったら、また頼ってきなさい」
アテナさんはそういうと、元気に手を振りながら来た道を戻り階段を下りていった。
まるで嵐のように過ぎ去ったアテナさんのことを、アイに帰りの道中で説明しなくてはいけないな、と魔導書を本棚に戻す。
結局図書館から出てもなお、アイはオーバーヒートしたのか頭から煙を出し続けていた。
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