駆け引き

 傀儡子の出した人質に、僕は目を疑った。

 目をこすって何度も確認するが、瞳を閉じてぐったりとしている姿は紛れもなく、僕の命の恩人であるアイだった。

 僕のただならぬ様子を見て何かを感じ取ったのか、アテナさんが僕の肩に手を添えた。

「安心して、必ず人質は助けるわ」

「人質じゃない、アイだ」

「そうね、うん。アイちゃんは必ず助けるわ」

 力強い言葉に少しばかり安堵するが、目の前の状況は受け入れがたい。いくらアテナさんといえど、人質をとられたら自由に動けないだろう。この状況を打破するためにはどうしたらいいのか、そればかりが頭の中を駆け巡る。

「さぁ、早く石の在りかを言え!」

 いっそ素直に、大体この辺りだと答えてしまえばどうだろう。もしかしたら本当に開放してくれるかもしれない。だが、声の発生源よりも、拘束されているアイにしか目がいかなかった。無機質な人形が、アイの白い華奢な腕を鷲掴みにしてぶら下げている。粗雑な扱いに、憤りを覚えた。

 アイはぴくりとも動かず、まるで同じ人形のように足が揺れていた。次第に冷静さを失い、剣を握る手に力が込められる。

「お前、それ以上その子に危害を加えてみろ……。ただじゃ済まさないぞ」

 自分でも驚くほどに低い声が出た。体の奥で何かが沸々と音を立てていて、今にも暴れだしそうだ。

「おぉー、怖い怖い。ただじゃ済まないって? やってみろよ、あ?」

 傀儡子はおどけて舌を出したかと思うと、また高らかに嗤う。そのどうしようもなく気味の悪い声に嫌悪感を覚える。

「落ち着いて、キョウ君。挑発に乗ればあいつの思うつぼよ」

 確かにこれでは、人質をとっている向こうが優位であると証明しているようなものだ。

「分かって、ます……。それでも、彼女は命の恩人なんです。今度は、今度は僕が助けなくちゃいけない」

 憤る気持ちを押さえつつ、呼吸を整える。力を込めている手から、どくどくと血が流れる感覚が伝わってくる。腕は顫動せんどうして落ち着きがない。

「よし、キョウ君。落ち着いて聞いてね? ここらで連携プレイといきましょう。あいつは一人、こっちは二人。数の利を活かすのよ」

 気を静めるために再度ゆっくりと呼吸をする。何とか頷くことができた。

 挑発に乗らない僕たちにうんざりしたのか、傀儡子が大きく舌打ちして両手を掲げた。

 どこからともなく三体の人形が現れて、手からナイフを生やす。一体何体同時に操ることが出来るのだろうか。金属音と、傀儡子の罵声が一緒くたになり、酷い頭痛がした。

「アテナさん、三体人形が増えて数の利を活かされてますけど」

「ぜ、前言撤回! とにかくちょっと耳を貸して!」

 アテナさんから耳打ちされる。内容を聞いて、深く頷いた。

 一部始終を見ていた傀儡子がいらいらした様子で声を荒げる。

「おい、お前ら。賢者の石の在りかを言う気にはなったか?」

「…………」

「ちっ、使えねぇなぁ。管理人のくせに、雑用押し付けられているだけなんじゃねぇのか?」

「あ?」

 どこかで聞いたことがあるような台詞だと思っていると、案の定アテナさんは冷たい目線で傀儡子を睨んでいた。歯を食いしばっているのか、表情は険しい。

「お、落ち着いて下さい、アテナさん。挑発に乗ったらあいつの思うつぼですよ」

「……分かっているわ。とにかくさっき話した作戦通りにいこうか、キョウ君」

「はい、分かりました」

 アテナさんは傀儡子のほうへ目線を向けて、わざとらしく大きなため息を吐く。傀儡子は貧乏ゆすりをやめて眉を顰めた。

「はぁ、正直万策尽きたわ。人質までとられたなら仕方がないわね。賢者の石を手にしたら大人しくここから出ていくのかしら?」

「ふっ、愚問だな。賢者の石意外にこんな場所に用などはない」

「あっそ。じゃあ私についてきなよ、いい? 余計なことをしようもんなら、場所は教えないわ。トップシークレットなんだから」

 アテナさんはそう言い放つと、持っていた大鎌をあっさりと消して灰にする。そしてくるりと優雅に踵を返した。動作に合わせて、炎のように揺らめいていた髪も静まり返る。

 傀儡子は一瞬戸惑う表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したようでまだ剣を握っている僕をじろりと睨む。それを合図に、僕も剣を消した。

 傀儡子から目線を外してアテナさんに続く。あまりに隙だらけな僕たちの背中は、傀儡子が本気を出せばすぐにでも殺せるだろう。しかし逆に、この態度のおかげで嘘をいっているようには見えなかったみたいだった。嘘偽りかはどうでもいい。僅かな隙を生み出せれば、こちらの思惑通りなのだ。

「くっ、はっはっはっ! 最初っからそうしていりゃあいいんだよ!」

 背後から聞こえる哄笑こうしょうを背に浴びながら、一歩、また一歩と踏み出す。ややあって、汚い嗤い声は消失する。

「はっはっはっ! さぁて……なっ、か、体が!」

 傀儡子の足はすでに、自由を失っていた。

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