赤い傀儡人形
いまだに移動を続ける本棚たちはもはや収集がつくとは思えなかった。
赤いローブの傀儡人形の後ろに、まだ本棚で閉ざされていない道が続いている。あの先は、上ってきた階段があるはずだ。自分の背後の本棚の向こう側にはジョヴァンニがいるはずだが、とてもじゃないが通れそうにない。
周囲の状況を把握しようとしていると、傀儡人形が体を屈めて足をバネのように弾ませた。一直線にこちらに飛んでくる。
「くっ……!」
なんとかそれを右に大きく動いて避ける。人形は本棚にぶつかる直前に勢いを弱めて両足を本棚につけた。思っていたよりも器用だ。
人形は本棚に両足をつけたまま垂直に立っている。まるであそこだけ重力から見放されているようだった。それでも本棚はぴくりとも動かず、中に入っていた本だけが、ぶつかった衝撃で床に乱雑に散らばっていた。
僕は家で読んだ魔導書の中身を思い出して、短く詠唱する。
淡い光と共に、一本の
どこかで使えるタイミングはないかと密かに待ち望んでいたこともあって、気持ちが高ぶっているのが自分でも分かった。願わくば、戦いなんかの状況ではなくもっと別の状況が良かったのだが、この際仕方がないだろう。
刀身からはゆらりと煙のように光が発せられている。強く握りこんで、人形を見据える。このまま逃げても、恐らく追ってくるだろう。あの人形がなんなのかは皆目見当もつかないが、こちらを敵とみなして攻撃してきたのは確かだ。ここで背を向けるわけにはいかない。
体勢を保っていた人形が、また頭をぐるりと回して地に降り立つ。今度は左右にステップを刻みながら近づいてきた。
臆することなく、こちらも一歩前方に踏み出す。
剣の射程範囲内に入った瞬間、全力で剣を振るう。しかし人形はくるりと高く飛び上がり、刃物を宿す右腕を振り下ろしてきた。先ほどの突進と同様、物凄い速さだ。
だが反撃は予想していた。すんでのところで後方に飛び退く。さっきまで自分が立っていた場所に人形の爪先が深く刺さっていた。容易に抜けないのか、右腕はぎちぎちと音を鳴らして球体関節から木片が剥がれ落ちるのが見えた。
その瞬間を見逃さずに、剣を振るう。すぐに人形の左腕がそれを阻もうとしたが、向こうは体勢が悪い。刃を弾き返して、そのままの勢いで無防備に突き刺さっている右腕の球体関節を斬りこんだ。
鈍い感触。手ごたえありだ。
やはり木で出来ていたようで、あっさりと右腕を切り落とすことができた。だが安堵したのも束の間、人形であるがゆえに痛みはないようで、体勢を崩しながらも左脚をあらぬ方向へ曲げながら鋭い蹴りが放たれた。
すぐに受け身をとったが、あまりの威力に体が吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
すぐ横の本棚に背中から叩きつけられて、上から本が何冊も降ってきた。無理な体勢での蹴りに思えたが、想像以上に蹴りを受けた箇所がじんじんと痛んだ。
次の攻撃に備えるために立ち上がる。人形は赤い灯火を依然として宿し、不気味に体を揺らしている。こちらが優勢に思えるのに、なぜだか余裕そうに思えた。
どうやら斬るだけでは倒すことは出来そうにない。考えを巡らせていると、再び人形の頭がぐるんと回転した。
恐らくあれは、攻撃の合図。手に力をこめて歯を食いしばる。相手のスピードを利用して叩き斬るしかない。それも、連続でだ。再生する間も与えないほど粉砕したら倒せるかもしれない。
しかし、カウンターは決まらなかった。
突如、空間に赤い弧が描かれたかと思うと、人形の頭がすっとスライドしてそのまま床に転がった。頭が斬り落とされた、と理解するのに約二秒かかった。
やがて紅い炎がうねりを上げ、斬り落とされた頭と胴体に燃え移る。その炎は人形にまとわりつくように威力を増していく。物凄い威力に思えたが、決して本や床のカーペットに燃え移ることなく人形だけを焼き、あっという間に灰になった。
灰の傍らに女性が立っている。女性は手にしていた大鎌を宙へ投げると、とたんに大鎌も灰に変わって跡形もなく消えた。
赤い髪がまるで炎のように
「怪我はない? キョウ君」
揺らいでいた赤い髪からあふれ出ていた火の粉はいつの間にかなくなっており、つい先ほど会話をしていたときの姿と合致した。
「アテナ、さん?」
「そうよ、何そんなびっくりした顔しているの?」
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