グリモア魔法図書館
数えきれないほどの本棚が、広々した空間に並んでいた。図書館は、外見からはとてもじゃないが信じられないほどに広々としている。一体どれほど広いんだと思い廊下の先を見てみるが遠すぎて霞んで見える。どうやら二階もあるみたいだ。
「お、おい。どういうことだよこれ。どう考えてもさっき外から見た感じと違うんだけど」
「外はちっぽけに見えるけどな、空間圧縮っていう上位魔法の力で中は無茶苦茶広いんだよ」
「空間、圧縮……?」
ジョヴァンニの空間移動といい、この空間圧縮といい、魔法っていうのは何でもありなんだろうか。そしてその上位魔法とやらが、先ほど言っていた図書館が町から離れている理由。余波の
「ここは一階なんだけど、五階にも広いフロアがあってな。そこに伝説と
「ご、五階!? こんなに広いのがまだあるのか?」
空間圧縮がなければ二階といえど地表に突出しそうである。それなのに五階と言われても釈然としなかった。
「ああ、それでその像に賢者の石ってのがあってな。それに空間圧縮の魔法がかけられているのさ」
「やけに詳しいな、ジョヴァンニ。でもその賢者の石には誰かが常に魔力を注がないと駄目なんじゃないのか?」
「それが賢者の凄いところでよぉ、なんでも特殊な固定化魔法が施されていて、常時発動している状態になっているらしいんだ。まっ、俺も詳しい仕組みは知らないんだけどな」
固定化魔法――以前、アイが言っていた気がする。
魔法というのは基本、魔力を練って呪文を詠唱し、発動する。そして練った魔力がなくなれば必然的に魔法は消えてしまう。アイがリリィに解毒薬を作り上げる際、一度練った魔力が消えかけたのはまだ記憶に新しい。
そういった魔法発動までの手順を固定化させるための魔法であり、通常の魔法と同時に詠唱して膨大な魔力を注ぐ必要がある。
例えば、魔力を練って炎を出す。練った分の魔力が消えれば炎は消えてしまうが、炎が消えないように膨大な魔力を使いそれを維持し続けるのだ。膨大な魔力、と簡単にいうが実際には一般的な魔法使いが十人集まっても足りないぐらいだという。それに、ただでさえ多重詠唱というだけで困難なのだ。百人に一人、できるかできないかである。つまり、膨大な魔力と多重詠唱を行う技量、その二つを兼ね揃えている賢者の名は伊達ではないということだ。
感心している僕の横で、誰かが図書館にふさわしくない大声を発した。
「あ、ジョヴァンニ! こら、あんたどこほっつき歩いていたのよ」
ホールの先にあるカウンターのような場所から、一人の女性が声を荒げてこちらへ向かってくる。
「うん? あぁ、どこって仕事だけど」
「あんたねぇ、仕事なら仕事ってちゃんと言いなさいよ。ふらっといなくなったり勝手に帰ってきたりで、こっちはご飯の支度とかもあるんだから」
赤い眼鏡をかけている女性は、どうやら大層ご立腹らしい。ジョヴァンニへの不満を一息で捲し立てると、特大の溜め息を吐いてこちらを
「で、こちらの方は?」
「どうも、キョウっていいます。ちょっと魔導書を探しにきました」
「そう、キョウ君ね。私はアテナ。そこにいる
そこにいる愚弟とはもちろんジョヴァンニのことだろうが、彼は呆けた顔で呑気に鼻歌を歌っている。
それとは対照的にまるで秘書のようにしっかりとしたスーツを着こなすスレンダーな体つきのアテナさんは、ジョヴァンニと同じ赤髪で髪は腰よりももっと下まで伸びている。非常に大人びた印象だった。凛々しい顔立ちに赤いフレームの眼鏡が似合っており、とてもジョヴァンニの姉とは思えない。
そして彼女の豊満な胸は、アイと比べると雲泥の差だった。……本人の前では口が裂けても言えないが。
アテナさんは眼鏡をきらめかせて手元にある手帳を開いた。
「それで、どんな魔導書? 私、一応ここの管理もしているから手伝うわよ」
「偉そうなこといって、雑務押し付けられているだけだろ?」
ジョヴァンニがへらへら笑っている。途端にアテナさんの目が鋭くなり、胸元に差していた黒いペンを音もなく投げた。
ペンは綺麗な平行線を描いて華麗にジョヴァンニの眉間に突き刺さる。同時に、噴水のように鮮血が噴き出した。
あまりの一瞬の出来事に唖然としていると「ちっ、愚弟が調子に乗りやがって」とドスの効いた声が鼓膜を震わす。鼓膜と一緒に体が小刻みに震えるのを感じながら恐る恐るアテナさんのほうへ視線を戻す。
「それでキョウ君。なんの魔導書だっけ?」
何事もなかったかのように微笑を浮かべるアテナさんをみて、より一層恐怖を感じた。
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