転移魔法
結局、片付けと身支度を済ませて部屋に戻ってもなお、ジョヴァンニは語り続けていた。よくもまぁ、こんなに暑くて喉が渇くというのに長々と話せるものだ。
リリィの姿が見えなくて周囲を見渡すと、テーブルの上にメモが置いてあることに気付いた。小さな文字で「うるさいから帰る。またくるね」と記されている。ジョヴァンニのやつめ、スイカという貴重な品を持ち寄ってくれる
「ところでジョヴァンニ。グリモア魔法図書館にはどうやって行くんだ?」
僕が用意した飲み物をジョヴァンニは一口で飲み干して、氷まで平らげてから軽くウインクしてきた。悔しいことに僕はウインクが出来ないので、小さな敗北感を味わった。
「こいつを使うんだよ」
「どういうこと?」
ジョヴァンニは自分の右目を指さしている。
「ふっ、よく聞いてくれた。これはそう、俺がまだ十六歳だったころ……」
「いや、そういうのはいいから。それで、その右目がどうかしたの?」
話の腰を折られたジョヴァンニは、不貞腐れた様子で近くの椅子にどっしりと座りこんだ。
「俺の右目はな、ここに来たときと同じように魔方陣を出して空間を移動できるんだよ」
「え? そんな簡単に使えるの?」
「まぁ使うのは簡単だ。便利だろう?」
初登場時に座標うんぬんと言っていたことを思い出す。右の瞳を注意深く見つめてみると、うっすらと魔方陣のようなものが浮かび上がっていた。魔力が秘められているのか、あるいはすぐに発動できる術式が組み込まれているのだろう。
「とにかく、グリモア魔法図書館に行くなら連れてってやるぜ。どうせもう配達は残ってねぇからな」
「うん。この封筒の中身が気になるし、お願いするよ」
アイは出掛けたばかりだし、そんなにすぐには戻ってこないだろう。図書館でお目当ての本を見つけたらすぐに帰れば問題ない。
「お安い御用だ」
ジョヴァンニが椅子から立ち上がり、短く何かを詠唱したかと思うと、彼の右目が微かに赤く輝く。途端に、先ほどの魔方陣が彼の目の前に現れた。本当に簡単そうだ。
「これに飛び込めばいいの?」
「そうだ! グリモア魔法図書館の座標はしっかりと保存してあるから問題ないぜ。すぐに閉じちまうから、しっかりついてこいよ!」
それだけ言い残してジョヴァンニは颯爽と魔方陣に飛び込んでいってしまうので、慌てて後に続く。吸い込まれるように中に入ると、まるで重力がなくなったかのように体がふわりと軽くなった。
――そして気が付くと、地面に寝転んでいた。
「いてて……」
「あ、悪いな。慣れるまではどうしても転ぶんだよ」
「そういうことは先に言え!」
体を起こすと、ジョヴァンニがわっはっはと豪快に笑っていた。見たところ、周りに図書館のような建物は見当たらない。僕が質問するより前に彼が説明してくれた。
「あれが、グリモア魔法図書館だ」
「……は?」
気の抜けた声が出た。
辺りは青々と茂った草原。五百メートルほど進んだ先に建物が密集している。あれはきっとアイが買い出しに行った町だろう。しかし見えるのはそれだけで図書館と呼べそうな立派な建物は見当たらない。いや、よく見ると、草原に埋もれるようにして何か入口のようなものが見える。
まるで建物が草原という波に飲まれたかのように、隠されている。洞窟の入口というより、地下に続く秘密の通路のような印象だった。とてもじゃないが、魔法図書館とは思えない。
「ジョヴァンニ、大丈夫か? 空間移動する場所を間違えたんじゃ……」
「いいや、ここで会ってるぜ。向こうに町が見えるだろう。方角的にはあの町の一番奥――ちょうどここと反対側の方にさっきまで俺たちはいたんだぜ」
「ってことは、これが入口? なんでこの図書館は、町から離れた草原なんかにあるんだ?」
「それはまぁ、このグリモア魔法図書館で発動している魔法の
笑顔のまま扉へと近付いていくジョヴァンニの後を追う。彼は慣れた動作で観音開きの扉を開けた。
ジョヴァンニの後ろに続いて一歩足を踏み入れたところで、またしても気の抜けた声が出た。彼はさっきよりも一層口角を上げている。
そこには、とても信じらないほど広々とした空間が広がっていて、無数の本棚がひしめきあっていた。
「ほら、図書館だっただろう?」
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