魔法使いの夏

初夏の仕事

 リリィとお婆さんの饗応きょうおうを受けてから、三ヶ月が過ぎた。

 その間、僕は家にある魔導書を熟読したり、失われた記憶のことを考えて過ごしていた。というのは建前で、実際はほとんど怠けていただけだ。

 なまけものの僕に痺れを切らしたのか、よくアイに外に出なさいと怒られる。一日一日を無下むげにするなというアイなりの叱咤激励なんだろうが、横腹をくすぐるのだけはやめてほしいものだ。

 そんなわけで炎天下の中、裏庭に屈みこんでいる。益体やくたいのないことをしていると追い出すぞ、とでも言わんばかりのアイのご機嫌をとるために草むしりに精を出しているのだ。

 じりじりと照り付ける陽射しのなか、生い茂る雑草を一つずつ丁寧に抜いていく。抜いても抜いても蔓延はびこる雑草が、もし金塊だったらどんなに作業が捗ることやら。

「はぁ、暑いなぁ……」

 容赦なく照りつける陽の光に、思わず溜め息が零れる。段々と作業が雑になってきたせいで、根っこまで上手く引き抜けずに草だけがぶちぶちと音を立てて千切れた。その気になれば、魔法で一掃することも出来なくはない。しかしそうすると雑草以外も刈りかねなかった。薬草や、木の実などは町で売れるからとアイがよく収穫しているのだ。

 再び千切れた雑草にうんざりしていると、頭上から声が降ってきた。

「あー、いい加減にやってるでしょ。アイにばらしちゃうぞ」

 額の汗を拭いつつ顔を上げると、健気に羽を動かしながらいたずらっぽく笑っているリリィがいた。羽風が少し心地よく、いいうちわ代わりになりそうだと内心でこっそり思う。

「いい加減にやっていないから、ばらしたところで何も起きないよ」

 僕の欺瞞ぎまんに満ちた台詞にむすっとしながら、リリィは沢山抜いて山になっている雑草の上を飛び回った。

 その隙を見逃さず、先ほど適当に引きちぎってしまった雑草の根っこをほじくる。よし、証拠隠滅完了。

「まぁ、いいや。それよりアイが呼んでるよ。暑いからスイカ食べようだって」

「スイカ? そんなのうちにあったっけ」

 リリィが自信に満ちた表情で胸に握りこぶしを当てる。

「あたしが持ってきてあげたんだよ。感謝しなさいよね」

「ははぁ、リリィ様」

「もっとちゃんと心を込めなさい。それじゃ、先に待ってるからね」

 それだけ言うとリリィはあっという間に飛び去っていった。全くもって騒々しい妖精だ。妖精っていうともっとお淑やかなイメージだったんだけれど。

 それにしても重たいスイカを抱えながら家までやってくるとは相当な筋力だ。僕には真似出来そうにない。

 一玉何キロぐらいあるんだろう、と考えながら、まだまだ沢山生い茂っている雑草から目を背け、僕は部屋へ向かった。


 部屋に戻ると、リリィが小さく切ってあるスイカの種を丁寧に両手で取り除いているところだった。その横に、アイが座っている。皿に乗ったスイカに手をつけていないところを見るに、僕を待っていてくれたみたいだ。

 アイは帰ってきた僕に気が付くと、すぐにスイカの乗ったお皿を渡してくれた。

「暑い中、ありがとね。キョウ」

 ねぎらいの言葉とスイカを受け取り、大きく口を開けて頬張ると種まで噛んでしまって慌てて吐き出す。

「ちょっと、落ち着いて食べなさいよね」

 呆れた、といわんばかりの表情でリリィに馬鹿にされる。それを見ていたアイがくすくすと笑った。

 スイカの種を豆鉄砲のように吐き出してやろうかと思ったが、折角笑っているアイに注意されるのは目に見えているのでやめておく。

 改めてスイカを頬張ると、程よい甘さが口に広がる。飲み込むと同時に、テーブルに置かれているグラスの氷がからんと音を立てた。夏真っ盛りだなぁ、としみじみと感じた。

 やがてアイが先に食べ終わり、席を立った。

「私ちょっと買い物に町まで行ってくるから、残り食べちゃってね。キョウは食べたら草むしりの続きをちゃんとやってね?」

「任せてよ、ってさっきからちゃんとやってるからね?」

 まさか、早くもいい加減な作業をしていたことを告げ口したのかとリリィを睨みつけるが、微笑むアイの袖をつかんで「もう行っちゃうのー?」と駄々をこねていた。

 アイはそれを軽くあしらうと、サイズの合わないマントを取り出して身支度を始める。こんなに暑いんだからいらないんじゃないかと思ったが、女性はやけに日焼けを心配するので、そのためかもしれない。

 僕はもう一切れスイカを手にして、アイを見送った。残された僕とリリィは無言でスイカを頬張る。

 最後の一つを食べ終えたとき、僕の肩にリリィが飛び乗ってきた。いかにも悪だくみしているといった表情を浮かべている。

「ねぇねぇ、暑いから何か涼しくなる魔法使ってよ」

 またその話か、とうんざりする。ここ最近、暑くなってきてからは遊びに来るたびにおねだりしてくるのだ。

「だから、使わないって言ってるだろ」

「だって、暑いじゃんかぁ」

「なら、そこの飲み物でも飲めばいいだろ」

 僕はテーブルに置いてあるストロー付きのグラスを指さす。

 妖精は体が小さくて、グラスを持ち上げることができない。そのため、飲みやすいようにリリィの使うグラスにだけストローがついていた。アイのいきな計らいである。

 リリィがつまらなさそうに口をすぼめながら、ストローに飛び移る。氷の音と共に、ストローの内部を液体が通過していくのが見えた。

 それと同時に、突如として目の前の何もない空間に空気が吸われていくように空間が歪んだ。

「な、なんだ!?」

 部屋の真ん中に、大きな魔方陣が浮かび上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る