星空の帰り道

 時間が経つのは早いもので、気が付けば日が暮れかけていた。あまり暗くなってから帰るのも危ないので、私とキョウは帰路についた。

 思ったよりも距離があるので、キョウは何度も足を止めては休憩しようと提案してくる。もちろん、そんなにゆっくりと歩いていれば当然日は暮れてしまい、辺りはだんだんと暗くなっていった。

 森の奥にある家に着くにはもう少しかかる。それでも、記憶をなくす前のキョウはあの家の玄関先まで来ていたのだ。こんなに体力がないのに、よくあそこまでたどり着けたものだ。

「もう少しだから頑張ってね、キョウ」

 知ったばかりの彼の名前を呼びながら応援してみるも、キョウは弱々しく頷くだけだった。

 これはまた休憩を促してくるな、と思ったら不意に空を見上げたキョウが嬉々として声を荒げた。

「おお、アイ。見てよ、空」

「え?」

 さっきまでの疲弊した様子とは全く違う声色に思わず訊き返してしまう。つられるようにして目線を空へ向けると、燦然さんぜんと輝く星々が夜空を覆い尽くしていた。

「わぁ……綺麗」

「星座とか、分かる?」

「全然分かんない」

「なんかあの星、アイっぽい」

「えっ? どれ?」

 そんな人型の星座があるものなのかと私が必死に星を探していると、キョウはいつの間にか近くの岩場に腰掛けていた。ははぁ、うまく理由をつけて休んでいるわけだ。

「ところでさ、気になっていたんだけどアイはあの家に一人で住んでいるの?」

「うん、今はね。アカデミーの寮にいたけど戻ってきたの」

「その、ご両親は?」

「お父さんのことはよく覚えていないんだけど、お母さんは出かけたっきり戻ってこないの。でも、いつかひょっこり帰ってくるんじゃないかなって。キョウを見たらびっくりするかもね」

「そうなんだ。アイも今は両親と離ればなれなんだね」

 なんだか似た者同士かもしれない。

 キョウの横に並んで座り、また空を仰ぐ。満天の星空はどこを見ても綺麗で、まるで宝石箱のようだった。

「なんだか、前にも一度……見たことがあるような気がする」

 キョウが独り言のように呟いた。

「星空を?」

「うん、でもあの時とは何か違うような……うーん」

 そう言いながら首を傾げているキョウの瞳には、夜空の星々が映し出されている。ついまじまじと見たせいで、目が合ってしまった。

「さ、そろそろ行くよ。もう少しで着くんだから!」

 話題を変えるべく、立ち上がりながらキョウの背中を軽く叩いた。決して照れ隠しなんかではない。

「いてっ。はぁー……もう少しか」

 渋々とキョウが立ち上がり、歩き出そうとしたときに視界の隅で何かが動いた気がした。

 不思議に思い、もう一度夜空を見上げて立ち止まる。キョウがそんな私を見てか、同じように顔を上げると流れ星が一つ、また一つと星空を彩りだした。

「見て、キョウ。流れ星だ!」

「すごい、次から次へと流れてくる」

「そうだ、流れ星だから願い事いわなきゃ」

 うむむ、と念を込めながら流れ星を見ていると、なぜだか隣でキョウが笑っていた。

「ちょっと、何笑ってるの! キョウも願い事しないとだめだよ」

「分かった分かった。やってみるよ」

 しばらく二人で流れ星を眺めながら、願いを捧げた。


 ――キョウの記憶が戻りますように。


 ちらりと片目で彼を見ると、もう願い事は終えたのか伸びをして歩き出す準備をしていた。

「キョウは何をお願いしたの?」

「うん? それは秘密」

「えー、ケチ」

「じゃあ、アイは何をお願いしたの?」

 意地悪そうに笑いながら話してくるキョウに、なんだか素直に答えたくない気持ちになる。

「私も、秘密」

「ちぇー、ケチ」

「ケチなのは、キョウでしょ」

 ふざけあいながら、歩き出す。

 キョウは結局、流れ星みたいに移動できる魔法とかないのか、と駄々をこねていた。

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