和やかなお茶会

「そうだ、アイも見てもらったら?」

 しばらく魔法使いという言葉を反芻はんすうしているかに見えた彼が、突然提案した。前も一度思ったことだが、突拍子もないことを言うのがよくある。

 キョウの突然な提案をお婆さんは快く引き受けて、私の前に座りなおす。先ほど託宣は体力を使うと言っていたし、過去を知るのはそれなりの覚悟がいると語っていたばかりだが、あまりに楽しそうにしている場の雰囲気に呑まれたんだろうか。

 私としては、彼の名前と同じ魔法使いだったという事実を知れただけでもかなり満足していたので、本当は遠慮したかった。しかしまぁ、ついでだからという軽いノリに流されてしまう。

「お婆さん、本当に大丈夫ですか?」

「うむうむ、任せなさいなぁ」

 ゆっくりとお婆さんの目が開く。私はじっとその瞳を見つめた。

 およそ十秒ほどだろうか。そろそろ沈黙が苦しくなってきたとき、お婆さんはさっきよりも大きく息を吐き出して呼吸を荒げた。

「だ、大丈夫ですか?」

 私はお婆さんの小さな背中を、壊れ物を扱うかのように人差し指でゆっくりと撫でる。羽の根本の辺りに触れると、くすぐったそうに羽が動いていた。

「だーめだぁ、疲れたからかのぅ、ちっとも見えやしんかったわい」

「すみません、僕が無理をいったせいで」

 軽々しくお願いした手前、申し訳なさそうに頭を下げるキョウをお婆さんは笑い飛ばした。

「なぁに。気にすることはないよぉ、好きでやったんだからね。ごめんねぇ、お嬢ちゃん」

「いえ、気にしないでください」

 リリィがすかさず、ぐったりとしているお婆さんの傍へ駆け寄った。

「わたし、お婆さんを部屋まで運んでくるね。ちょっと待ってて!」

「うん、お願い。お婆さん、ありがとうございます」

 よろよろと戻っていくリリィとお婆さんを見送り、涼しい木陰にキョウと私が残される。何だか慌ただしいひと時だった。

「大丈夫かな、お婆さん」

 私が心配そうにしているのが分かったのか、キョウがそっと頭を撫でてきた。正直驚いたが、変な声を出さずに済んだ。何だか子供扱いされているような気もしなくはないが、不思議と嫌な気分にはならなかったのだ。

「大丈夫だよ、本人だって気にしないでと言っていたし」

「うん……」

「それより、僕も魔法使いだって。なにか魔法使えるかな」

 彼が呑気なことをいいながらごろん、と横になった。私も彼の横に寝そべる。

 見上げると木漏れ日がとても綺麗で、きらきらと世界が輝いて見える。大樹の根本に寝そべる私たちは、とてもちっぽけに思えた。

「魔法が使えるからって、変なことばっかりしちゃだめだよ」

「変なことって?」

「魔法で楽をしようとしちゃだめってこと。そうやって怠けていると、人間として駄目になるって教わったの」

「そっかぁ、確かにアイは魔法を無駄に使わないね」

 それは私の自信というか恐怖からくるものもあったが、人間として駄目になるからというのも本音だ。なんでも魔法でこなそうとすれば、身体は動かさない代わりに魔力だけを消費することになって詳しくは聞いていないが、それはそれはまずい状態になるらしい。精神面、体力面共に充実していないと、魔力の質も劣るという。

「そういうわけだから、結局いつも通りだね」

「うん……でも結局、僕がどこに住んでいるのかとか分からなかったな。家族とはまだ会えなさそうだ」

「きっとすぐ見つかるよ。私も一緒に捜すから」

「迷惑ばかりかけてごめんね、アイ」

「いいの。私、好きでやっているんだから」

「ほんと、アイは優しいね」

 自然と褒められたのが何だか照れくさくて、鼻先をぽりぽりと掻いていると木漏れ日のカーテンからリリィの姿が見えた。その手には何やら大きな荷物が抱えられている。

「ごめん、お待たせ! これね、良かったら食べていって!」

 荷物が広げられると、中には山のようにクッキーが入っていた。形は不揃いで、サイズも小さいが疲れた体に甘い物は願ったり叶ったりだった。

「わぁ、すごい。これって全部リリィが焼いたの?」

「えへへ、そうだよ。一生懸命覚えたんだ。さぁ、食べて食べて!」

 その小さな体でよくこんなに沢山作れたなぁ、と感心しているとキョウが早くもクッキーを口に運んでいた。

「んー、うまい!」

「ほんと? 良かったー!」

 にこにこと笑っているリリィを見ていると何だか自分まで嬉しくなってくる。

 クッキーを一つ口に放り込む。プレーンのものもあれば、チョコチップが入っているものもあるようだ。あまりお菓子は作ったことがないけれど、今度作ってみるのもいいかもしれない。

「また今度、焼いたら持っていくね!」

「そうしてくれると嬉しい、なんせここまで来るのは一苦労だから」

 楽しい会話。他愛もないこんな会話は今まであまりしたことがなかったので、とても新鮮だった。

 こんな日がいつまでも続けばいいと、そう思った。

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