小さなどろぼう

 彼と一緒に目を丸くして蜘蛛の巣に絡まった妖精を見ていると、妖精が私たちに気が付いて声を掛けてきた。

「あ、ちょっとあんたたち! ぼけっと突っ立ってないでさっさと助けなさいよ!」

 それが助けをう者の台詞だろうか。半ば呆れながらも仕方なく、蜘蛛の巣から妖精を開放してあげた。

 改めて厚かましい妖精を見てみると、まさに先ほどのスティックシュガーと同じぐらいの大きさの可愛らしい女の子の妖精で、背中からは透き通った綺麗な羽が生えている。さらりと腰ほどまである銀色の髪は後ろで束ねており、とがった耳がぴょこぴょこと動いていた。

「いやぁ、助かった助かった。ありがと、お嬢ちゃん」

「妖精さんが、こんなところで何をしているの?」

「え、いやそれはほら……あれだよ」

 途端に歯切れの悪くなる妖精の足元に、小さな袋があった。私が拾うよりも早く、彼が拾い上げる。

「あっ、それは!」

 妖精の顔がみるみる青ざめていく。

 袋の中には沢山の木の実――サンキライが入っていた。表情からして、この妖精が袋に詰めていたんだろう。物音の正体が可愛らしい妖精だと分かり、緊張がほどけた。てっきり本当に人相の悪い泥棒か、ひょっとしたら獰猛どうもうな獣かもしれないと勝手に想像を膨らませていた怯懦きょうだを恥じる。

「どうして勝手に採ったりしたんだ?」

 彼が青ざめている妖精に顔を近付かせながら訊いた。妖精はそっぽを向いて口笛を吹こうとしていたが、空気の抜ける情けない音しか鳴らなかった。

「誤魔化したって、無駄だぞ」

 彼の強い口調におののいたのか、可愛らしい妖精は目も合わせようとせず、しゅんとして黙り込んでしまった。

 私は、どうして彼女が裏庭でサンキライの実を盗んだのかを考えてみる。意味もなくこのサンキライだけを摘んで、持ち帰ろうとしていたとは考えづらい。この実は、毒消しの実として広く用いられているものである。それだけで何となく、彼女が何をしたかったかを察することができた。

 それと同時に冷たい春風が吹き、妖精がぶるっと身震いした。

「とりあえず、部屋に行きましょう」

 私がそういうと、妖精は少し驚いた顔をしたが、手を差し伸べるとちょこんと手のひらに座ってくれた。その様子が可愛らしく、自然と笑みが零れた。

「泥棒を家にあげるのか?」

 彼がいささか不用心だと言わんばかりに眉を顰めた。

「そうかもしれないけれど……放っておけないよ」

 それに、自分もあまり人のことを言える立場ではないんじゃないか、と一瞬だけ思ったが口には出さないでおいた。

 彼はそんな私の気持ちを悟ったのか、やれやれといった様子で頷いた。


 すでに飲み終えてあった彼のコーヒーカップの淵に、妖精は小さい体を更に小さくして座っている。これからきつく叱られるのではないかと怯えているのか、表情は暗い。

 私は状況を整理して、単刀直入に問いかけた。

「誰か、具合の悪い人がいるの?」

 妖精はぴくりと尖った耳を動かして、こちらに向き直った。目尻には薄っすらと涙が浮かんでいて、潤んでいる。瞬きしたら、零れ落ちそうだった。これが演技だったらかなりのものだが、どうやら本当のようだった。

「……どうして分かるの?」

「だって、サンキライの実だけを集めていたでしょう? あれは毒消しとして用いられることが多いから」

 隣で、ふむふむそうなのか、と頷いている人がいるが、それは一旦おいておくことにする。

「そう、なの……。お婆ちゃんが、虫に刺されたみたいで、サンキライの実が欲しいって言ってたの」

 最初の威勢はどこへやら、堅苦しい口調で話す妖精をみて、そんなに私が怖く見えるんだろうかと内心で落ち込む。それとも、彼が隣にいるからだろうか。

 ちらりと横に目をやると、大きな欠伸をしている彼の姿が目に入り、すでに警戒心というものを持ち合わせていないことが垣間見えた。具合の悪いお婆さんがいる、という話をしているというのに、悠長なものだ。

 私は縮こまっている妖精に視線を戻す。

「じゃあ、私がサンキライの実を使って解毒薬を調合するよ。少しだけ待っていてくれる?」

「えっ、そんなことできるの?」

「もちろん、私は魔法使いだからね」

 とは言ってみたものの、別に魔法を使わなくても知識のある人間なら誰だって解毒薬を作れる。だが如何せん、時間が掛かってしまう。怪我人がいて今すぐにでも欲しいというのならば、早いに越したことはない。

 一瞬、妖精の顔が曇った気がしたが気のせいだろうか。

「そういえば、君の名前は?」

 隣にいる彼が唐突に口を開いた。つい先ほど、私にも訊かれた質問である。

「あ、わたしはリリィ。山のふもとに大樹があるんだけど、そこに住んでいるの」

「大樹……? 妖精ってのは、木に住むものなのか?」

「うん。わたしも、他の妖精たちもずっとその大樹に住んでいるよ。わたしはお婆ちゃんと二人で暮らしているの」

 と、言い終えたリリィはお婆さんの容態を想ってか、またしゅんとしてしまった。胸中を察したように、彼が人差し指でリリィの頭を優しく撫でた。

「大丈夫。アイが薬を作ってくれるから、きっとすぐに良くなるよ」

 早くも呼び捨てにされていることはさておき、リリィが笑顔を取り戻したので、二人が談笑しているのを背に、私は準備をするべく寝室にある本棚へ向かう。あそこには、薬学に関する魔導書もしまってあるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る