第6話


 船の中。もうすぐ、船が出港します。


 星愛は、昨日作ったエンジェリア達にあげる料理を持って、二人を探します。


「月鬼様、エンジェリア様達見ていませんか?」

「見ていない」

「どこにいるんでしょう」

「外。中にいると酔うって毎回外にいる」

「探してきます」


 星愛は、甲板まで向かいました。


「ふみゅみゅ。エレのエレエレによる、エレエレのための、だいけんきゅぅはっぴょぉちゅるの」

「そうだな。楽しみにしてる」

「うん。エレ一人でできるとは思えないけど頑張れー」

「ふみゅ⁉︎いじわるなの!」


 甲板で、三人で話しているエンジェリア達。


「エンジェリア様」

「みゅ?エレって呼ばないと返事ちないの」

「ごめん。この子今日はちょっと機嫌悪くて。でも、できれば聞いて欲しいかな」

「……え、エレ」

「みゅ。おねぇちゃん、今日もかわいなの……エレ、向こう行ってくる」


 エンジェリアが、両手で口を押さえて、客室へ走って行きました。ゼーシェリオン達もその後を追います。


「……」

「酔い止めは苦いから飲みたくない。エレは酔うなんてないもん……ってところか」

「月鬼様」

「それはまた今度の機会があるだろう」

「はい」

「……星愛を見て逃げたわけではない。さっき揺れたので船酔いしたんだろう」

「甘い薬とかないんでしょうか?」

「あるが、材料がないらしい。それで作れないから、酔い止めは諦めたと」


 この国で流通している材料は僅かです。作れる薬も限られてくるでしょう。


「……大変そうです」

「あの三人、酔い止めなくても魔法でどうにかできる気がするが」

「そうなんですか?」

「ああ。だから、そう心配する事もない。この先は揺れが激しい。中へ戻ろう」

「はい」


 星愛は、月鬼と船内へ戻りました。


 中へ入ると、激しい揺れが来ました。


 バランスを崩した星愛は、月鬼に支えられます。


「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」

「どこか座れるところを探そう」

「はい」


 星愛は、近くにあったソファに月鬼と座りました。


「むにゅにゅ。おねぇちゃん、ちゃっきはごめんなの。おちちゅいたの」

「魔法で落ち着かせただけだろ。酔い止め飲みたくねぇからって」

「ゼロうるちゃいの。月鬼もいっちょなの。二人のお時間邪魔ちちゃ悪いから、ばいばいなの」


 エンジェリアがそう言って、客室へ戻ろうとすると、再び激しく揺れました。


「みゃ⁉︎」

「大丈夫?」

「危ねぇから気をつけろ」

「みゅ。フォルにぎゅぅちておくの」

「そうして。怪我されると困るから」

「みゅ」

「座れば良いだろう」

「隣空いているので、一緒に座りましょう?」


 揺れでバランスを崩すエンジェリアを、星愛達は心配して声をかけます。


「気持ちはありがたいけど、この方が良いから」

「自然とくっつけるからな」

「普段からそうしてるけどね」

「エレはいちゅでもフォルとらぶってちゅるの」

「相変わらず一途だな」

「ちょうなの。エレとゼロはフォルのお姫ちゃまだから」


 エンジェリアは、嬉しそうにそう言いました。


「ふみゃ⁉︎」

「今回は激しいね。今の周期だとそこまで波は酷くないはずだけど」

「たくまちいの。エレをちゃちゃえてくれてるの」


 エンジェリアが、そう言って、両手を頬に当てます。

 

「エレ、手、離さないで」

「みゅぅ。こういうところもちゅきなの。らぶなの」

「星愛、この三人に付き合っているといつまで経っても渡せない。渡すなら早く渡した方が良い」

「はい。えっと、その、エレ達に、これをあげたくて探していたんです」


 星愛は、そう言って、手作りお菓子をエンジェリア達に渡しました。


「ありがとなの……むにゅ。あまあましゃん」

「ありがと……甘々さん」

「……」

「フォル、甘いもの苦手でも、もらってくれ」

「……あっ、う、うん。ありがと」

「……フォル?どうちたの?……ふみゅ。なんとなく分かったの」

「エレも気づいた?」

「みゅ。めじゅらちいの。わじゅかにちんじゅうしゃんの気配」

「珍獣?」

「聖獣。そのお姫様から、僅かにだけど、聖獣に似た何かを感じる」


 聖獣。それは、人の世ではかなりレアな種族です。エンジェリアの周りには良くいますが、星愛のように、知らないという事は非常に珍しいです。


「聖獣?なんですか?」

「貴重な種族だよ。人の世では見る機会は少ないのかな。エレは、いつも聖獣に囲まれているけど」

「お友達なの。みんなエレの事ちゅきって言ってくれるの」

「……お友達」

「みゅ。みんな大事なお友達なの。ちゅきなの」


 エンジェリアの周りに、羽の生えた縫いぐるみがふよふよと浮かびます。この縫いぐるみが、エンジェリアの側にいる聖獣達です。


「あの、その、私も、お友達になりたいです」

「増えたの」

「エレ」

「増えたの」

「じゃなくて」

「増えたの……」

「あの」

「翻訳ゼロ」

「お友達増えたのって言ってる」


 星愛の二人目の友達ができました。何度か会っていても、不思議としか言いようがない女の子です。


「ちゅ」

「エレ、待って、それはだめ‼︎」

「エレ、それは友達違う‼︎」


 エンジェリアは、友達の印として、星愛の頬に口付けをしました。


「みゅ?でも、ゼロとフォルいちゅも喜ぶ」

「それは、そうだが。俺ら以外にはそれすんな!」

「あれは、僕らにしかしちゃだめな事なの!」

「……そんなに言うなら、教育すれば良いだろう」

「エレが俺らから離れる!」

「エレが僕らに向いてくれなくなる!」

「自覚あるのか」

「みゅ?おねぇちゃん、やだった?」


 友情の証くらいにしか考えずにやったのでしょう。ゼーシェリオン達の猛反対で、エンジェリアは、星愛に問います。


「そんな事ないです」

「みゅ。ゼロとフォルは良く分かんないの。ふみゃ⁉︎」


 星愛に口付けをして、フォルから離れていたエンジェリアが、激しい揺れにバランスを崩して転びます。


「ふきゃん!」

「……」

「……」

「ふぇぇぇん。ゼロとフォルがいじわるなの」


 転んだエンジェリアが、座って泣きました。


「星愛、俺はあんな酷い事しない……なんでもない」

「……?はい。知ってますよ。月鬼様は優しいです」

「ふぇぇぇん。ゼロとフォルはやちゃちくないのー」

「エレが僕ら以外にキスなんてするからでしょ」

「エレが俺ら以外にキスなんてするからだ」

「……きらい」

「……」

「……」


 泣き止んだエンジェリアが、ボソッと言った一言。その一言で、ゼーシェリオン達は態度を変えました。


 二人で、エンジェリアを抱きしめて、心配する仕草を見せます。


「……これが、恋人というものでしょうか?」

「一種の愛の形ではあるんだろう……まずは、このくらいから、始めるのが良いだろうな」

「月鬼様、これって」


 月鬼が、星愛の手を握ります。


「……」

「……」

「じぃー。エレも、こういうのしてみたい」

「エレは俺の愛じゃ不満なんだ」

「エレが僕の恋人になりたいとかいつも言っているのに」

「それとこれは違うの。こういうのはエレちらないから。なぜか、エレは、割と序盤からふみゅってちていたから」


「……星愛は、どっちが憧れるんだ?」

「えっ、私は」


 ゆっくりと深めていく仲と、出会った時から深い仲。

 後者の方は、エンジェリア達でみています。前者の方は、今の星愛と月鬼の関係でしょう。


「どっちも憧れます。そういうのは経験した事がないので」

「ふみゅふみゅ。月鬼は意外と奥手なの」

「何言いたいの?」

「ゼロとフォルもこれくらい奥手だったら、エレもどきどききゅんきゅんを堪能できたかもなの」

「……へぇ」


 出会った時から深い仲。それに慣れていると、そういう経験は少ないのでしょう。


「なら、こういうのも、何も思わない、よね?」

「ふぇ⁉︎きゅ、きゅうにちょれは……ふみゅ⁉︎ふみゃ⁉︎ぷみゅぅ」

「エレが疲れちゃったみたいだから、ベッドで休ませてくるー」


「……あれって、なんでしょうか」

「考えない方が良い」


 星愛の目には、少年とエンジェリアの顔が近付いていただけにしか見えませんでした。

 その時の表情や小声で言っていた事は何も聞こえていません。


 離れた後、顔を真っ赤にしたエンジェリアを、少年が満足そうに連れ帰っていったようにしか見えていません。


「……なんだか、とても楽しそうです。誰かに恋をすれば、こんなにも楽しくなるんでしょうか」

「……そうかもしれない」

「月鬼様は誰かに恋とかした事あるんですか?」

「どうだろうな。もし、した事あったとしても、星愛には言わないだろう」

「そうですよね。すみません、こんな事聞いて」

「……はぁ。そう返されると言うしかなくなるだろう。好きな相手に、言えるわけないだろう」

「えっ……えっ……」


 月鬼の突然の告白に、星愛は顔を真っ赤にして戸惑います。


「い、いつから、ですか」

「初めて会った時からだ」

「えっと、嬉しいです。私、まだ、そういうのは、ちゃんと分かってはいないですが、月鬼様と一緒にいると、不思議な感じです。その、ゆっくりでも良いのでしたら」

「俺の方もゆっくりの方が良い。あんなふうにはなれそうにない」


 少し前まで目の前で繰り広げられていた、エンジェリア達の恋愛事情。

 そういうふうにはなれそうにないでしょう。ですが、星愛と月鬼も、自分達なりに、進むために、二人で手を繋ぎました。

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