第4話


 買い物を済まして、帰ったら星愛は、ヴィマを探しました。


「ヴィマ」

「星愛。どうされました?」

「これを、渡したくて」


 それは、エンジェリアが収納魔法具に入れていた、洗顔セットと化粧品。エンジェリアは、【ヴィマおねぇちゃんの分も入れておくの】という手紙と一緒に、二つ入れてくれてありました。


 星愛は、その片方を、ヴィマに渡しました。


「ありがとうございます。姫は元気でしたか?」

「可愛かったです」

「ふふふ、そうでしょう。姫はいつでも可愛らしいですから。先ほど、月鬼様にお会いしましたが、また、全商品買わされたらしいじゃないですか。月鬼様は、姫に甘いんですよ」

「甘いというか、勝手に入れられていただけですよ」


「そこんとこが、甘ぇっつぅ話だぁ。月鬼様も我々も、姫様にゃぁ逆らえませんから」

「そうですね。姫君に逆らう事などできませぬ」


 近くにいた、使用人の男性二人。ベグンとチェグが話に入ってきました。


「そうなんですか?」

「この国は、古くから、聖星信仰なんだぁ。その聖星こそが姫様。姫様こそが、我々の信仰対象」

「それもありますが、この国は、姫君のお力で守られていらっしゃる。守り人に逆らえないというのと、あの可愛さに毎度負けるというのが、我々の立場でござんす」


 星愛が、初めてここへきた日、エンジェリアが見せた魔法。それだけでも、その言葉が嘘ではないのだと理解できました。


「ちなみに、姫様は、蝶様に純愛を捧げているんで」

「ぜひ、この国の王妃になっていただきたく存ずる」

「……えっと、考えておきます」

「それと、まだ話しておりませんでした。我々が月鬼様にお仕えする理由。それを知る権利があるというのに、申し訳ないでござんす」


 現在のこの王国は、かなり特殊な王国です。王に使える彼らの事情も。


「我々は、双子の兄姫であられる、王位に立つべきお方……ゼーシェリオン様にお仕えする家臣でござんす。この国ではなく、ロストという国から来ました」

「この国の若王である月鬼様の手助けをしてやれとのご命令だぁ」

「月鬼様は、ロストと縁深い方なので」


 ロスト王国。それは、常人では入る事の許されないという伝承だけが残っている、伝説上の王国です。


 その実態は明らかになってはおりませんが、存在を証明するようなものはいくつも出ております。


 月鬼の外見。ゼーシェリオンの外見。それはまさに、ロスト王国の実在を証明するものです。


「青黒の髪と深い青の瞳。それが、ロストと縁深い証でござんす」

「月鬼様もゼーシェリオン様も、そうでしたでしょう?」

「はい。言われてみれば、雰囲気もなんだか似ていた感じがします」

「その、星愛が似ていると感じたものこそが、ロストの象徴でしょう」

「という事で、我々は、月鬼様に報告する義務はなくてなぁ。秘密にして欲しい相談でもなんでも乗るぞぉ」


 星愛は、相談できる相手が、ここ以外いません。いずれは、月鬼には話したくないような内容の相談事もできるでしょう。


 それは、星愛にとってありがたい事です。


「勉強や、恋愛、他にも色々と相談に乗ります。ゼーシェリオン様は、異常事態になった時以外は報告しなくて良いと言っているので、知られたくない事でもどんどん相談してください」

「ありがとうございます。何かあれば、相談します」

「姫様がものを売りつけてくるとかも相談乗る。ゼーシェリオン様と蝶様にそれとなく止めてもらうよう頼む事もできるからなぁ」

「そうですね。月鬼様では、姫に強く言えませんから。それより、星愛、一緒に化粧品を試しましょう」

「はい。早く試したいです」

「ベグン、チェグ、仕事頑張ってください。このあと、可愛い生き物にお任せしに行くらしいですね」


 見送る、ベグンとチェグは「思い出させるなぁ」「思い出したくないでござんす」と、顔を顰めていました。


      **********


 部屋に戻り、星愛は、化粧品を試しました。


「自分じゃないみたい」

「しかも、これ肌に優しいんです。姫が肌が弱く、他の化粧品を使えないという事から作られたそうです」

「すごいですね」

「姫はこういうのに関しては天才的ですから。勉強はできないらしいですが。あっ、今日は買い物行ってましたが、勉強どうしますか?」


 星愛は、毎日一、二時間勉強をしています。ですが、今日は月鬼と買い物をして、勉強をしていません。


 ここへきてから、毎日のように勉強をしていた星愛は、勉強をしていないと落ち着かなくなっていました。


「一時間だけ、教えてくれますか?」

「はい。では、本日は種族学をやりましょう。覚える事は多いですが、必ずためになりますよ」

「よろしくお願いします」

「やる気があって、教え甲斐があるますね。わたくし、姫達の勉強を見てましたが、こんなにやる気がある姿なんて見た事ありません」

「そうなんですか?」

「はい。姫は勉強拒否。ゼーシェリオン様と蝶様は、教え甲斐がないというか、一人で全部覚えてしまうんです。星愛は、教え子として最高です」


 ヴィマは、そう言って、感涙しました。


「そこまで……やる気があるのも、覚えられるのも全部、ヴィマの教えが良いからだと思います。いつも、ありがとうございます」

「そ、そんなふうに思っていただけるなんて。感激です。では、早速教えていきますね」


 星愛は、一時間みっちりと、種族学を学びました。


      **********

 

 この時代の種族学といえど、だいぶ覚える内容は多いです。

 星愛は、忘れないように、しっかりとノートに学んだ内容を書き、ヴィマに間違いがないか確かめてもらいました。


「素晴らしいです。この短時間に、ここまで覚えられるなんて」

「ありがとうございます。それと、質問ですが、エンジェリア様が言っていた、聖星というのはなんでしょうかベグン様も言ってましたけど」

「聖星と聖月と神獣。この三種族に関しては、不明な事の方が多いです。それでもよろしければ知っている事を話します」


 星愛には、ヴィマは物知りな人のように見えています。そんなヴィマが、この国の信仰対象を知らないというのは意外でした。


 ですが、その理由はすぐに理解できました。


「有名どころでは、聖星は天族の祖。聖月は魔族の祖。神獣は精霊の祖と言われております。この三種族が、現在の全ての種族の祖です」

「あまりにも古すぎて、何も知られていないという事ですか?」

「はい。それ以外にも、あまりに特殊すぎて理解できないらしいです。蝶様に以前聞いたところ、今では理解できないとしか言われませんでした。なので、聖星で知っている事は、破壊魔法に長けているという事だけです」

「……」


 星の御巫候補に、聖星。どちらも星がついている。それは、それは何か関係あるとしか思えません。


 それに、星愛自身も。星の名を付けられています。


「星の御巫候補についてなら、もう少し知っています。世界の声を聞き、未来か過去を視る。聖星の血を受け継ぎ、その素質を持った人。らしいです」

「私、世界の声なんて聞いて事ないです」

「そうですか。ですが、蝶様が星愛を御巫候補と認めて、姫とゼーシェリオン様と来ていたので、姫が御巫候補なのは、疑いようのない事実かと」

「……私はそんな特別なんて」

「違いますよ。特別であり、特別ではない。蝶様がそう言ってました。姫のどこが特別なんだとかも言ってましたが。御巫候補は、普通の人。世界に愛される普通の人らしいですよ」


「……」

「信じられませんか?ですが、考えてみてください。少し調べさせてもらいましたが、あそこにいるのとここにいるの、どっちが良いですか?」

「……こっちです」

「偶然、月鬼様と出会った。それはきっと、世界様の導きです。少しだけ、世界様を信じてみてはいかがですか?星愛は、愛されているんですから」


 そう言ったヴィマの目は、悲しそうに見えました。


「そうでしょうか?本当に愛されていれば……」

「世界に愛されるのと、運命は別です」

「……そう思うようにしてみます。ですが、エンジェリア様は」

「姫は愛されていません。ですが、聖獣や原初の樹からの愛を一身に受けております。全ての世界に愛される星の御巫とは少し違いますね」

「……」

「そういえば、愛されている証として、様々な世界に簡単に渡れるという加護があるらしいですよ」


 この世界は、数多に存在する一つの世界。ここ以外の世界。それには、興味を注がれます。


「どんな世界があるんでしょうか」

「新婚旅行とかで行ってみたいですよね」

「それでしたら、ロストに行ってみたいです」

「それはお勧めしません。というか、やめてください」


 星愛は、ヴィマの故郷であるロスト王国へ行きたいと思いましたが、ヴィマは即答で止めました。


「どうしてですか?」

「常人では住めない極寒の地ですよ。星愛様が行けば凍ります」

「そんなに」

「はい。月鬼様は以前に行って平気でしたが、それはロストの血筋ですから。普通は行けません。気になるのでしたら、今度写真を見せます。それで我慢してください」


 ヴィマが食い気味で、そう言いました。


「それで、我慢します」


 それ以外言えない雰囲気で、星愛は、そう言いました。

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