第2話


 それからの星愛の生活は一変しました。今までしたくてもできなかった、勉強ができるようになりました。

 色んな人と関われるようになりました。


 色んな事に挑戦できるようになりました。趣味もできました。特技も身につけられました。


「月鬼様、お食事を作ってみました」

「ああ。助かる」


 星愛をここへ連れてきた月鬼は、とても忙しそうです。

 星愛は、月鬼の役に立ちたい。そう思い、色んな事に挑戦しています。


 今日は、朝食作りに挑戦して、月鬼の執務室まで運びました。


「月鬼、魔物しゃん、増えてりゅの」

「対策を取る」


 月鬼の隣には、エンジェリアがいつもいます。星愛は、それを見ていると、モヤモヤしていました。


「それと、しょうだんなの」

「相談?なんだ?」

「ゼロとフォルに、ぷれじぇんとちたい。とくべちゅがいいの。でも、しょうだんできる相手いない」

「……指輪は買えないか。なら、花はどうだ?」

「ふみゅぅ。指輪、もらいたいの。フォルから、ちゅきでちゅ。結婚ちてくだちゃいって指輪もらいたい」


 エンジェリアが、月鬼の隣で、頭を抱えて悩んでいます。星愛は、それを聞いて、ホッとしました。


「……ふみゅ。おねぇちゃんはどぉ思う?大事なお……にぃちゃんと恋人にあげるぷれじぇんと」

「えっと、思い出に残るものかな」

「ふみゅ。ありがとなの。ちなみに、月鬼はおねぇちゃんの笑顔がちゅきって言ってた」

「えっ⁉︎」

「えへへ。おねぇちゃん、お胸しゃんは敵だけど、恋ちゅる仲間なの。エレは、フォルに恋ちてるの。おねぇちゃんは、月鬼に恋ちてる」


 エンジェリアは、無邪気に笑います。それを聞いた星愛の顔は真っ赤です。


「こ、恋なんて、まだ、出会って、三日だよ。そ、そんな事、あるわけ」

「エレはね、初めて会った時から、ちゅきだったよ?ゼロとフォルが。暗い場所からちゅれだちてくれたフォルと、エレを妹のように大事にちてくれるゼロ。二人ともちゅき」


 エンジェリアの純粋な想いが、星愛には眩しすぎました。そして、憧れました。星愛以上に酷い事を、こんな小さな身体で経験しているであろう、エンジェリアに。そんな経験をしながらも、今この場所で笑っている事に。


「エレ、栄養ドリンク」

「百ジュリュとなりまちゅ」

「安いな」

「お得意ちゃまにはやちゃちくおやちゅくが、エレエレおくちゅり調合のもっとーでちゅから」


 エンジェリアは、栄養ドリンクを収納袋から取り出しました。


「これからもごひーきに」

「営業が上手くなったな」

「うまいのでちゅ。おねぇちゃんには、いっちょにお茶会と恋のおなはちとかで、こちらを提供ちまちゅ」

「……化粧品?」

「エレとくちぇいの、とっても綺麗になれる洗顔料などなどでちゅ」


 エンジェリアは「頑張るの」と付け加えて、星愛に洗顔セットを渡しました。


「ありがとう」

「むにゅ。聖星の祝福と導きがありゃんことを」


 エンジェリアは、スカートを裾を持ち、お辞儀をしました。その仕草は、令嬢がするお辞儀そのものです。


 お辞儀をしたエンジェリアが執務室から出ました。


「……エンジェリア様は、貴族令嬢ですか?」

「違う。ここの子じゃない。昔からの知り合いで、手伝ってもらっているだけだ」

「そうだったのですね」

「……あの子には優しくしてやってくれ」

「はい。では、私は部屋でこれを試してみます。エンジェリア様に、感想を言えるように」

「ああ。その感想だけは、素直にしてやれ。あの子は、調合師として優秀なんだ。改善点を言えば、さらに追求する。そして、さらに良いものを作る。まさに調合師の鏡だ」

「分かりました。それでは、失礼します」


 星愛は、月鬼に会釈をして、執務室を出ました。


      **********


 星愛は、一人部屋で、洗顔セットを試しました。

 読みづらい字が消されて、綺麗な字で書かれた説明。その説明通りにやってみます。


「すごい」


 まるで自分の肌ではないみたい。初めに出てきた感想は、こうでした。


 コンコン


 扉を叩く音が聞こえました。


「はい」

「失礼致します」


 ここで働く、使用人です。


「あの、姫様から、わたし忘れていたとこちらを渡すよう頼まれました」

「ありがとうございます」

「……元々綺麗でしたが、見違えるようです。わたくしももらったので、つけてみます」

「そうした方が良いって言いたいくらい、すごい良いですよ。ヴィマ様」


 ヴィマは、星愛の教育と護衛を務めております。この三日で、星愛は使用人のヴィマと仲良くなりました。


「様はいりませんよ。いつかは、様がなくなるようにしてほしいですね」

「ごめんなさい。頑張ってできるようにはします」

「そうしてください。ついでに、ここで一緒にやってみても良いですか?持ってきてるので、早く試したいです」

「喜んで」

「ふふ、そうして笑っている方が可愛いです」


 星愛は、洗顔セットの残りを試しました。ヴィマと一緒に。


 まるで生まれたての肌です。若返った気分です。


「これ良いです」

「姫は売らないんでしょうか。絶対買います。ここで販売する時だけで良いので売ってほしいです」

「そういえば、どうして皆様、エンジェリア様を姫と呼ぶんですか?」

 

「姫は神獣様のお気に入りですから。十年前でしょうか。ここは、今のような平和な地ではなかったんです。管理者と呼ばれている神獣様とそのお仲間達のお力で、この地が平和の地となりました。月鬼様も尽力しておりましたよ?その、神獣様のお気に入りの双子姫が、姫様達です。初めてここへいらした日に見たでしょう?エレ姫様の隣にいたのが、ゼロ姫……と言うと拗ねるんでした。ゼロ様とフォル様です。フォル様がその神獣様で、お二人を大層気に入っているそうですよ」


 星愛はこの国の歴史を、まだ少ししか知りません。そんな事があったのは、初めて知りました。


「それに、姫様は癒しです。あの純粋無垢。無邪気な可愛さが、とっても可愛らしいんですよ。月鬼様は、別の意味で癒しといつも仰りますが」

「別の意味?どういう意味ですか?」

「姫様特性栄養ドリンクです。あれを飲めば、どんな激務でも熟せると絶賛しております。月鬼様は、姫様の薬と魔法具の大ファンなんですよ」

「魔法具も作っているんですか?」


 この時代の魔法具は、高級品です。作れる人も限られて、作れるというだけで、誰からも憧れられる。そんな業界です。


「はい。売り物ではないんですが。というか、あれは売れないと思います。ここのシャワーはどうでしたか?」

「すごく気持ち良かったです。それに、なんだか、浴びているだけで疲れが取れるような感じでした」

「そうなんです。あのシャワーは、姫様が作った魔法具でして、とても癒されるんです。見た目で癒し、性格で癒し、薬で癒し、魔法具で癒す。姫様は、ここでは、癒し姫と呼ばれてます」


 ヴィマが熱弁します。エンジェリアは、ここでは癒し要員です。エンジェリアがいるから、この国がここまで平和になった言っても過言ではないくらいです。


「すごいですね。エンジェリア様は」

「そうですね。あれは姫様だからできる事でしょう。ですが、星愛様も魅力的ですよ。姫様のように可愛いではなく、美しいで。ここ最近、姫様が可愛さで癒して、星愛様が美しさで、業務意欲をあげるとみんな言っておりますよ」

「私も、皆さんの少しは役に立てていたんですね」

「少しではありませんよ。色んな事に挑戦するお姿、勉強を頑張るお姿。星愛様のその直向きなお姿が、みんなのやる気をあげているんです。こうして、我々と積極的にお話してくださる事も、癒しとなり、より一層頑張ろうと思えるんですよ」


 ヴィマが、星愛の手を握ります。


「ですから、何も気にせず笑っていてください。やりたい事をやってください。我々は、星愛を応援します。たとえ、ここを出ると言ったとしても、ずっと、応援します。正直、月鬼様と結ばれてほしいとは思いますが」

「月鬼様と……私、恋なんて」

「まだ、そこまで言っておりませんよ?わたくしは、月鬼様が、星愛様に気があると思って言っていただけですよ?」


 顔を真っ赤にする星愛に、ヴィマは「可愛らしいです」と笑いました。


「それに、出ていきたいというなら、止めはしませんが、一緒にいたいです。ここで暮らしてほしいです。これは、わたくしのわがままですので、聞かなかった事にしていただけないでしょうか」

「ありがとうございます。なら、私のわがままも、聞き流してくれませんか?私、友達とか憧れてたんです。同年の友達が欲しかったんです」


「なりますよ!なりたいです!星愛様の最初の友達になる栄誉をください!」

「私も、もし許されるなら、ずっとここにいたいです。いい、ですか?」

「当然ですよ。大歓迎です。今度、歓迎会しましょうね。姫様達も呼びましょう。姫様もきっと、星愛様の友達になってくださいますよ」

「そうでしょうか。今度、聞いてみます。ヴィマさ……ヴィマ」

「はい。星愛」


 星愛に初めての友人ができました。星愛は、ここにきて良かった。初めてきた時から、何度もそう思っています。


 これからも、きっとそう思うでしょう。


「これから友達としてよろしくね」

「はい。よろしく、星愛」

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