魔の月と愛の星
碧猫
第1話
まだ、魔法が普及していない王国。その王国には、伝説がありました。
星の名を持つ姫が生まれる時、王国は、姫の加護により、栄えるだろう。
嘘か誠かも分からない。そんな伝説を、その王国は、信じ続けていました。
ある日、その王国に、一人の姫が生まれました。その代の王様と王妃様には、男児しか産まれてきませんでした。
祭り上げるための、女児が産まれず、今度こそと何度も期待した、それが、ようやく叶いました。
王様は、喜びました。王妃様も、王子様達も、国民達も。みんな、喜びました。
その、産まれてきた女児に、王様は、こう名づけました。『星愛』と。
王様は、星愛に、たっぷりと愛を与えておりました。
欲しいものは、なんでも与え、広い部屋で、毎食豪華な食事。
星愛の部屋は、まるで、子供の宝の部屋です。
「次の誕生日はなにが欲しい?」
「時間が欲しいです。みんなで一緒にいる時間が、欲しいです。外へ出て、遊びたいです」
星愛にはもらえないものがありました。
どれだけ望んでも、それだけはもらえません。
星愛は、外へ出してもらえません。ずっと、部屋の中しか知りません。
ものなど要りません。星愛は、部屋の外に出たいのです。ですが、それだけは、王様はくれません。
その年の誕生日も、外に出る事はできず、子供が好きそうな、おもちゃとぬいぐるみが届きました。
星愛は、プレゼントを見て失望しました。
そして、外へ出る。その願いを、諦めるようになりました。
**********
それから、月日は経ち、王国に、魔法という概念が生まれました。
初めは、一人の研究員の言葉です。
『見てください。これは、まさしく奇跡。魔族はこれを、魔法と呼んでいるそうです』
それからというものの、研究員は、魔法の研究を熱心にしました。僅か一年で、魔力の性質と、魔法の特性を見つけました。
魔力と魔法。その研究が進むと、王国は魔力の特性を重視するようになりました。
王子様は皆、珍しい特性を持っておりました。その結果から、研究員は、こう仮定しました。
『高貴な血ほど、特殊な特性を持つ』
王様は、星愛に期待しました。
この国の予言の姫ならば、特殊な特性を持っているに違いないと。
ですが、星愛は、王様の期待に応えられません。星愛は、なんの特性もありません。
王様は、失望しました。伝説など、嘘だと嘆きました。
それから、王様は、星愛を、国から追放しました。人々を長年に渡って騙した罪と。
星愛は一度も騙そうとしていなかったというのに。
**********
外の世界など知らない。星愛は、一人で、知らない場所を彷徨いました。
薄暗く、禍々しい。何か出てきそうな場所を、彷徨っていました。
色とりどりの花々が咲く場所。星愛は偶然、そこに行きつきました。
そこには、一人の青年がいました。とても端正な顔立ちで、どこか儚げな青年。花々がそう思わせたのでしょうか。
「こんなところに、魔族でもない人が来るなんて。ここがどこか知っての事なのか?」
「……」
「迷ったのか?だったら、あっちへ行けば、人間の国へ着く」
「……」
星愛は今、十五歳。最後に声を出したのは、四歳の時。長い事声を出さなかった星愛は、声の出し方を忘れていました。
「……喋れないのか?」
「……ぁ……ぇ」
「……そうだ。執筆なら、会話できるんじゃないか?」
「……」
「文字、分かんない?俺は、月鬼だ。あんたは?」
ゆっくりと、口を動かして、彼はそう言いました。
「(星愛)」
「星愛?星愛は、なんでここにいるんだ?」
「(追い出されたから)」
星愛は、声は上手く出ませんが、口を動かす事はできます。口の動きで、彼は察してくれました。
「……ここにいると危険だ。もしよければ、俺の家に来ないか?広いから、俺と会いたくなければ、会わずにいる事もできる」
星愛は、首を横に振りました。
「(私は、一人で静かに暮らします。お気遣いありがとうございます)」
「……言い方を変えるか。俺の国でのたれ死なれると迷惑なんだ。だから、この好意は黙って受け取れ」
「……(こくり)」
「決まりだな。俺の家、ここから近いんだ」
そう言って、星愛の手を取り走る彼は、笑っていました。
今もなお、魔族の国を守る御巫の素質を持った夫婦。星愛と月鬼の出会いは、こんな感じでした。
この時の星愛は、人に裏切られ、月鬼を信じる事などできていません。変なお人好しくらいにしか思っていなかったでしょう。
**********
月鬼は、魔族の王様です。月鬼の家は、それはそれは広い、王宮でした。
星愛も、王族ではありましたが、ここは、人間の王国であった、星愛の育った王国とは違うます。広さもですが、豪華さも違いました。
一番違うというのは、ここでしょう。
この王国には、使用人がいないのです。王の帰還だというのに、誰も出迎えにきません。誰も、いません。
星愛の育った王国では、王様が外から帰ると、使用人は出迎えに向かいました。多くの使用人が働いていました。
「(使用人は?いないの?)」
「いるにはいる。みんな、人前には出てこない」
「(出てこない?)」
「魔族は警戒心が強い。人間が来て警戒している」
「(見てはいる?)」
「ああ」
どこかで見ているそうですが、どこにも見当たりません。
星愛は、どこにいるのか分からない、この王宮の使用人達に、ペコリとお辞儀をしました。
「ほ……あ……で……よ……ねが……ます」
出ない声で、星愛は、これからお世話になる使用人達に、挨拶をしました。
「……」
「……イィんじゃねぇの?」
「そうですね」
「姫さんはどぉ思う?」
「……お胸しゃんおっきぃ、敵なの」
「そうじゃなくて。姫さんの目は一番信用なるんで、見てくだせぇ」
「……エレ、人見る目はないよ?あったら、あんな性格悪い二人と一緒にいない」
「あいつと同列にすんな」
「自覚があるから、言い返せない」
物陰から、話し声が聞こえました。すると、ぞろぞろと、ここの使用人らしき人達が、姿を見せました。
「へぇか、しょぉかぃしてぇ」
「彼女は星愛だ。あの予言があるから、丁重に扱ってくれ」
「……」
予言。星愛は、その言葉が嫌いです。その言葉のせいで、今まで、外に出る事ができず、突然追い出されたのですから。
「姫さん」
「声は聞こえたが、来ていたのか。姫」
「みゅ」
使用人達の背から、ひょっこりと顔を見せる少女。まだ、五、六歳くらいでしょう。長い髪は、毛先は桃色で、空色から濃藍色のグラデーション。瞳も、同じく。
姫と呼ばれた少女は、服の裾を持ち、お辞儀をしました。
その動作はとても鮮やかで、星愛は、見惚れていました。ですが、それは、星愛だけではありません。ここにいる誰もが、その少女に釘付けです。
「初めまちて、星の御巫候補しゃん。わたちは、エンジェリアともうちまちゅ」
年齢にしては、滑舌が悪いです。
「彼女は……占い師だ」
「ほんとの事言っていいでちゅよ。わたちは、ほちみゃちゃまと同じ、星の御巫候補でちゅ」
「(御巫?それってなに?)」
「星の御巫は、聖星じょくにちゅたわりゅ、神獣しゃんと、おちゅかじゅきににゃれる人の事にゃの」
「……えっと、聖星族に古来より伝えられる伝承なんだ。そうしろとかじゃなくて、一つの選択肢として、神獣の中でも特異な存在である、黄金蝶と添い遂げる事ができる、片割れの事だ」
エンジェリアの隣にいた少年、彼が、少女に変わって説明してくれました。
「御巫は、恵まれない運命の壁にぶつかる事が多い。だから、こうして、現時点で、黄金蝶と関わりを持っていない候補者に、運命を乗り越えるサポートを、俺らでしている」
「ちょうにゃの。だから、こりぇかりゃ、よろちくにゃの」
エンジェリアが、笑顔でそう言うと、光が降りました。
その光は、まさに奇跡の光とでも言うものでしょうか。
使用人達には、軽い傷が見えましたが、それが、光に触れて消えていきます。
とても暖かい光、それは、外傷だけではなく
「よろしく……えっ」
星愛の出せなくなった声にも効果がありました。
突然出るようになった声、星愛は、戸惑うよりも先に、涙が溢れました。それに、理解もできました。
自分は、人間ではない。この光は、エンジェリアの優しい想い。
まるで、世界に嫌われたかのように、恵まれなかった十五年。だからこそ、理解できたのでしょう。
目の前にいる少女は、エンジェリアは、まるで世界から愛されているかのような、奇跡の光を見せている。
そんなわけないのです。
この光は、星愛を歓迎する、同じ素質を持つと言う彼女は、世界から、嫌われているのだと。
「おねぇしゃん達に、ほちぢゅきの、げんちょの樹の加護がありまちゅように」
そして、この時、星愛は、今まで嫌いだった、予言という言葉を、少しだけ、好きになれました。
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