前のエピソード――第6話　冥界の剣士、令和に降臨

　中沢琴がチェスにハマったのは、ある日友人から「ちょっと試してみない？」と誘われたことがきっかけだった。最初はルールすらよく分からなかった彼女だが、少しずつその魅力に取り憑かれていった。特に、ゲームの中での計算と戦略の深さ、そしてひとつひとつの手が織り成す美しさに心を奪われた。

　ある日、琴はオンラインでチェスの名手たちと対戦しているとき、いくつかの新しい戦術を目にする。これらのテクニックは、彼女の思考をさらに刺激するものだった。最初に覚えたのは「ウィンドミル」と呼ばれる技。これは連続して相手の駒を取る戦術で、特に相手の防御が甘くなった瞬間に有効だ。琴はこれをマスターするために、何度も自分で局面を再現してみた。

　次に、彼女が学んだのは「エクスチェンジアップ」。相手が駒を交換してきたときに、その後の展開を予測して自分の駒を有利に配置する戦術だ。琴はこれを覚えてから、相手の駒がどう動くかを見極める力がついたように感じた。

　その後、「オープンファイル」や「オポジション」も身につけることになる。オープンファイルとは、相手の王を圧迫するために、自分のルークやクイーンを相手の盤面に向けて配置する戦術だ。オポジションは、キング同士が直線上に並んだときに、どちらが先手を取るかを決める技術。琴はこれらを理解することで、より深い戦術的な思考ができるようになった。

　そして、ある日、「キースクウェア」という概念に出会う。この技は、駒が動ける場所とその影響を考えながら最も重要なマスを抑える方法だ。琴は、この戦術を意識しながらゲームを進めることで、自分の優位性を保つことができるようになった。

　次に、彼女が驚愕したのは「キス・オブ・デス」と呼ばれるテクニック。これは一見して自分の駒を犠牲にするような手を指しているように見えるが、実はその後に訪れる一手で一気に相手の王を追い詰める戦術だった。琴はその美しさと恐ろしさに魅了され、何度も試しながら使いこなしていった。

　最後に、彼女が学んだのは「サクリファイス」。駒を犠牲にして、相手の防御を崩し、最終的にはチェックメイトを狙う戦術だ。琴は、この戦術を覚えることで、相手の予想を裏切るような一手を繰り出せるようになり、チェスの醍醐味をさらに味わうことができた。

　これらの技を学びながら、中沢琴は次第に強くなり、ついには地元のチェス大会で優勝するまでになった。彼女はもはや初心者の頃の自分を振り返り、「こんなにも深いゲームだったのか」と感動を覚えるのだった。チェスは単なる遊びではなく、無限の可能性を秘めた戦いであり、その奥深さに魅了された琴は、これからもその世界にどっぷりと浸かり続けることを決意した。

　中沢琴がチェスに深くハマっていく過程は、まさに彼女の成長と探求の旅そのものでした。最初は単なる遊びとして始めたチェスも、次第に彼女にとっては計算と戦略の美しさ、そして思考の深さを探求する魅力的な世界へと変わり、彼女の中でチェスは単なる「遊び」ではなく、精神的な挑戦であり、無限の可能性を秘めた戦いとして根を下ろしていったのです。

　「怪物化」という言葉は、彼女がチェスにのめり込む過程を象徴的に表しています。最初は単純に遊んでいたゲームが、徐々に彼女の心を完全に支配し、最終的には他のプレイヤーを圧倒する力を得るようになる。チェスが彼女にとって「怪物」のように変貌し、彼女自身もまたその「怪物」と化していくのです。チェスを通じて中沢琴は、自分自身の限界を超えていき、思考を深め、精神的に強くなっていきました。

　彼女の成長が進むにつれ、チェスは単なる戦術や技術を超えて、心の動きや直感の連動、そして人間同士の心理戦が絡み合う、まさに「人間の戦い」としての深みを帯びていきます。彼女は、その魅力に引き込まれ続け、どんどん強くなる自分を感じるとともに、チェスそのものが持つ、解き明かすことのできない複雑さと美しさにますます魅了されていったのでしょう。

　彼女がついに地元の大会で優勝を果たす時、その背後には数多くの思考と戦い、そして無数の失敗と成功があったに違いありません。それは単に「勝つ」ことだけではなく、チェスそのものを深く理解し、そこに存在する無限の可能性を感じることができた瞬間だったのです。

　この「怪物化」の過程で、琴が学んだのは、チェスがただのゲームである以上に、自己を超越し、精神的な成長を促す道であるということ。彼女のチェスの旅は、これからも続いていくことでしょう。