再び深層へ
深層に足を踏み入れてから数分、アレクとユリゼルの前に現れたのは、巨大な蛇のような体躯に複数の足を持つ異形の魔物だった。光を吸収するような黒い鱗がぎらりと輝き、長い舌が空気を裂く音を立てる。
「うわ、また厄介そうなやつが出てきたな……!」
アレクは反射的に剣を構えた。魔物の眼光が彼を射抜き、喉の奥から低い唸り声が響く。
「『ネクロファング』ね。深層特有の魔物よ。毒の霧と速度が厄介だけど、要は頭を潰せば終わりよ。」
ユリゼルは落ち着き払った様子で魔物を観察する。アレクはその余裕に少しだけ腹を立てながらも、背筋を伸ばして気を引き締めた。
「簡単に言うけど、これどうやって止めるんだよ!?」
「考えるのは後。まず動くの。」
ユリゼルの指摘と同時に、ネクロファングが巨体を滑らせて突進してきた。アレクは咄嗟に横へ跳び、かろうじて攻撃をかわす。
アレクが魔物の正面を引きつけている間に、ユリゼルはその背後へ回り込む。その動きはしなやかで、まるで舞うようだった。
「アレク、そのまま右に誘導して!」
「言われなくても分かってる!」
アレクは魔物の動きを先読みしつつ、剣を振るって注意を引く。ネクロファングが大きな尾を振り上げた瞬間、彼は地面に伏せて攻撃をやり過ごす。尾が地面に叩きつけられた衝撃で、ダンジョン全体が揺れた。
「今だ、行け!」
アレクの声に反応して、ユリゼルが魔法陣を展開する。淡い光が周囲に広がり、次の瞬間には無数の氷の槍が魔物の胴体を貫いた。
「もう少しで終わりそうね。でも、気を抜かないこと。」
「誰が抜くかよ!」
アレクは笑みを浮かべながら剣を握り直す。ネクロファングは体を捩じらせて反撃を試みるも、ユリゼルの攻撃で足を数本失ったことで動きが鈍っている。
「こいつ、毒霧を出すかもしれない。お前、下がって――」
「余計な心配しないで。」
ユリゼルが指を鳴らすと、周囲の空気が一気に冷え込んだ。薄青い霧が魔物を包み込み、凍結させる。
「毒を出させる暇も与えない。それが一番簡単でしょ?」
「……すげえな。」
アレクは呆れたように笑いながら、魔物の動きを止めた胴体へ最後の一撃を叩き込んだ。剣が魔物の頭部を貫くと、その巨体が崩れ落ち、黒い霧と共に消えていく。
「やったな。」アレクは息を整えながら剣を鞘に収めた。
「やったのは私だけど。」ユリゼルは肩をすくめて答えた。
「いやいや、俺もちゃんと引きつけたろ? あれがなきゃお前、攻撃できなかったはずだし。」
「……まあ、少しは役に立ったわね。」
珍しくユリゼルが譲歩したことで、アレクは少し得意げな表情を浮かべた。
「こうして俺たちの連携も良くなってきたし、この調子でどんどん進めそうだな!」
「調子に乗るのは早いわよ。次はもっと強いのが出るかもしれない。」
ユリゼルが警告するが、その声には少し柔らかさが混じっていた。アレクと一緒に戦うことが、どこか楽しいと感じている自分に気づき、彼女は小さく息を吐いた。
「まあ、あなたが倒れない限り、私も付き合ってあげる。」
「……なんだそれ。照れてんのか?」
「は? 馬鹿なこと言わないで。」
ユリゼルは顔を背けながら言い放つが、アレクはその態度にニヤリと笑った。
再びダンジョンの深層へ足を踏み入れた二人は、先ほどの戦闘で掴んだ連携の感覚を意識しつつ、慎重に進む。それぞれの心には次の試練への緊張感と、どこか高揚感が入り混じっていた。
「ユリゼル。」
「何?」
「次の戦いも頼むな。」
「言われなくても。あなたが足を引っ張らなければね。」
掛け合いながらも確かな信頼が生まれつつある二人は、さらに深い闇へと進んでいった。
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