ユリゼルの試練③
巨大な影の正体は、四肢が異常に長く、無数の目がうごめく異形の怪物だった。空間そのものが歪んでいるかのように感じられるほどの威圧感を放ち、視界に入れるだけで心が押しつぶされそうになる。
「くっ……!」
アレクは本能的に身を引こうとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かない。全身を冷たい汗が伝い、恐怖がじわじわと心を侵食していく。
「逃げるのか?」
頭の中に響いたのは、試練の最中に出会った“もう一人の自分”の声だった。嘲笑混じりのその言葉が、アレクの胸に刺さる。
「違う……逃げない。もう、逃げないって決めたんだ!」
彼は震える足を無理やり一歩前に出した。目の前の怪物が口を大きく開け、不気味な咆哮を上げる。その音は耳を裂くような鋭さで、周囲の空気を震わせた。
「よし……スキル、頼むぞ!」
彼は拳を握りしめ、内なる力に意識を集中した。すると、スキル「好都合」が再び発動し、奇妙なほどに冷静な感覚が広がっていく。視界が鮮明になり、怪物の動きが遅く見えるような錯覚さえ覚えた。
「……これは、俺のチャンスだ!」
怪物がアレクに向かって巨大な腕を振り下ろす。その一撃は地面を抉り、衝撃で砂塵が舞い上がった。だが、アレクは間一髪でその攻撃を避けていた。
「これも“好都合”ってやつか……!」
胸が高鳴る。この力が単なる偶然ではなく、自分の意思と噛み合っていることを感じ取った。彼は怪物の懐に飛び込み、腰の剣を握りしめる。
「うおおおお!」
渾身の力で振り下ろした剣が、怪物の皮膚をかすかに切り裂いた。しかし、傷は浅く、黒い煙のような液体が流れ出るだけだった。
「やっぱり硬い……!」
怪物が怯む様子もなく反撃の準備を整える。アレクは息を整えながら周囲を見渡し、次の一手を考えた。
「こんな化け物を相手に、本当に勝てるのか……?」
一瞬、彼の中に疑念が湧いた。だが、頭をよぎったのは、これまでの自分の弱さだった。逃げてばかりいた過去。目の前の敵から目を背けた瞬間、また同じ自分に戻ってしまうという恐怖が襲う。
「……俺は変わるんだ。」
その言葉を呟くと、不思議と恐怖が薄れ、心が研ぎ澄まされていく感覚があった。スキル「好都合」の光がさらに強まり、彼の周囲を柔らかく包み込む。
「この力は、俺が覚悟を決めたから応えてくれているんだ……!」
彼はそう確信すると、怪物の動きを観察し始めた。
次の瞬間、怪物が再び巨大な腕を振りかざしてきた。だが、アレクの意識は研ぎ澄まされ、敵の動きがスローモーションのように見える。
「……ここだ!」
彼は瞬時に体をひねり、敵の攻撃を紙一重で回避すると同時に、足元にあった尖った岩を利用して跳躍した。敵の巨体に向かって渾身の一撃を放つ。
「これで終わらせる!」
剣が怪物の額に突き刺さり、その瞬間、スキル「好都合」の光が爆発的に広がった。怪物の体が光に包まれ、断末魔の咆哮と共に霧散していく。
怪物が消え去ると、辺りの空間が静寂に包まれた。アレクは膝をつき、荒い息を吐きながら地面に手をつく。
「……やったのか……?」
その瞬間、空間が再び揺らぎ始め、彼の体が光に包まれた。次に目を開けたとき、彼は元の場所――ユリゼルが待つ門の前に立っていた。
「戻ってきたのね。」
ユリゼルは微笑みながら彼を見つめた。その瞳には、わずかな驚きと期待が混じっている。
「……俺、試練を乗り越えたんだよな?」
「ええ。だけど、それはほんの始まりにすぎないわ。あなた自身が成長し続ける限り、この先に待つ試練もまた大きくなる。」
アレクは立ち上がり、自分の手を見つめた。スキル「好都合」の紋様は消えていたが、その力が自分の中に確かに宿っている感覚があった。
「……俺は、まだまだやれる。」
彼の目には新たな覚悟が宿っていた。ユリゼルはそれを見て小さく頷くと、再び歩き始めた。
「さあ、行きましょう。この先には、あなたが本当に向き合うべき世界が待っているわ。」
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