ユリゼルの試練
アレクはユリゼルの後を追い、深い闇の中を進んだ。歩くたびに足音が虚空に吸い込まれ、周囲は奇妙な静寂に包まれていた。唯一の音は、ユリゼルが歩く際にかすかに響く衣擦れの音だけ。
「ここはどこなんだ?」
声を潜めながら問いかけたが、ユリゼルは振り返らずに答えた。
「ここは試練の道。君の覚悟を試す場所よ。」
「覚悟を試すって……どういう意味だ?」
アレクの声にはわずかな苛立ちが滲んでいた。何も説明されず、ただ先に進むだけの状況に不安が募る。しかし、ユリゼルは何も言わず、やがて立ち止まった。
彼女の目の前には、大きな門がそびえ立っていた。黒い石でできたその門は、禍々しい雰囲気を放っており、表面には無数の古代文字が刻まれていた。それらの文字は見る者に不安を与えるような不吉な光を放っている。
「ここから先は君だけで進むことになるわ。」
「……一人で?」
アレクはその言葉に驚きと不安を覚えた。
「私が助ける必要はない。君自身の力で、この試練を乗り越えなさい。それができなければ、君の未来はここで閉ざされることになる。」
ユリゼルの声は冷たいが、その奥にはどこか期待が含まれているようにも感じられた。
「……俺にできるのか?」
アレクは拳を握りしめた。これまでスキル「好都合」に頼りきりだった自分が、この門の先で何ができるのか分からない。だが、ここで逃げるわけにはいかなかった。
「覚悟を決めろ、アレク……」
自分に言い聞かせるように呟くと、彼は門の前に立った。そして、その瞬間――
ゴゴゴゴゴ……
重々しい音と共に門が開き、冷たい風が吹き抜けた。その向こうには、何もない空間が広がっているように見える。ただの闇だ。しかし、アレクは一歩を踏み出した。
足元が崩れるような感覚に襲われた瞬間、彼は重力に引き込まれるように暗闇の中へと落ちていった。
気づくと、アレクは不気味な空間の中に立っていた。そこは見渡す限り灰色の大地が広がり、空には不気味な赤い光が漂っている。まるで地獄のような場所だった。
「……どこだ、ここは?」
不安が胸を締めつける。しかし、それ以上に恐怖を感じたのは、目の前に立つ自分自身の姿だった。
「な、なんだこれ……俺?」
そこにいたのは、アレクそっくりの人物。しかし、その目には冷酷な光が宿り、まるで彼を嘲笑うかのような笑みを浮かべている。
「お前が俺の試練か?」
アレクは歯を食いしばりながら問いかけた。その声には恐怖と同時に、抗おうとする意思が込められていた。
「そうだ。そして、お前がこれまで逃げてきたものすべてを俺が映し出してやる。」
もう一人のアレクはそう言うと、周囲の空間に影を作り出した。それは、彼が過去に経験したすべての「失敗」と「恐怖」を再現するような幻影だった。
幼少期、彼が助けを求める友人を見捨てて逃げた瞬間。初めてモンスターと遭遇したとき、無力感に打ちひしがれた日々。そして、スキルに頼りきりの自分の姿――。
「やめろ……やめてくれ!」
アレクは思わず叫んだ。目を背けたくなる記憶が次々と目の前に現れる。しかし、それは自分が向き合わなければならない現実だった。
「逃げてばかりでは、何も変わらないぞ。」
冷酷な笑みを浮かべたもう一人のアレクがそう告げる。
「……そんなことは分かってる!」
アレクは拳を握り、立ち上がった。
「俺は変わりたい……変わらなきゃいけないんだ!」
そう叫ぶと、彼の中で何かが弾けたような感覚がした。その瞬間、スキル「好都合」がかすかに光を放つ。
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