試練の観察者ユリゼル



アレクの目の前に立つ人物は、長い銀髪をなびかせた女性だった。その容姿はあまりにも整いすぎており、現実感がない。白く輝く衣装を纏い、その目は深い紫色でどこか底知れぬ冷たさを湛えていた。まるで、アレクの全てを見透かしているかのような視線だった。


「初めまして。私は『ユリゼル』。ここを守る者であり、試練の観察者でもある。」


女性の声は穏やかだが、その言葉の中には明確な威厳と力が込められていた。彼女がただ者ではないことは、アレクの直感がすぐに察知していた。


「ユリゼル……試練の観察者?」


アレクは疲労しきった体を奮い立たせ、警戒心を隠さないまま尋ねた。その瞳はユリゼルの表情の奥を探ろうとするが、まるで霧の中に包まれたように何も掴めない。


「そう。君がここに到達するまで、ずっと見ていたわ。」


ユリゼルは微笑みながら、一歩アレクに近づいた。その瞬間、彼の全身に冷たい何かが走る。まるで本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしているかのようだった。


「じゃあ、何のために俺を待っていたんだ……?」


声が震えたことを自覚しながら、アレクはなんとか言葉を搾り出した。今にも崩れそうな心の中で、彼は一つの思考にすがっていた。この女性は敵ではないかもしれない――だが、味方とも限らない。


「安心して、アレク。私は君の敵ではないわ。むしろ、助けになれるかもしれない存在よ。」


どうして名前を知っている? アレクはその疑問を飲み込む。問い詰めたところで、彼女は答えないだろう。目の前の女性がただの人間ではないことは明らかだった。


「助ける……だと?」


ユリゼルは静かに頷き、紫色の瞳でアレクをじっと見つめた。その視線は鋭く、アレクの心を突き刺してくるかのようだった。


「君は『好都合』というスキルに頼り切りで、これまで生き延びてきた。それ自体は称賛に値するわ。でも……君はそれだけではこの先を進めない。」


その言葉は、アレクの心に深く突き刺さった。彼自身が最も恐れていたことだった。スキルに依存している自分。そこに誇りはなく、ただ生き延びるために足掻いているだけ。けれど、それ以外にどうすればいいのか分からなかった。


「……じゃあ、どうすればいい? 俺に何が足りないっていうんだ?」


アレクの声には怒りが滲んでいた。それは自分の無力さに対する苛立ちでもあった。ユリゼルはその感情を理解したように、再び微笑んだ。


「足りないのは、自分を信じる力。そして、君自身がスキルを超えて世界に立ち向かう覚悟よ。」


「スキルを……超える?」


アレクは困惑した。スキルが彼の唯一の武器であり、生き延びるための手段だ。それを超えるとはどういうことなのか。そんなことが可能なのか?


「その答えを知りたいなら、私についてきなさい。」


ユリゼルは手を差し伸べた。その手はどこか冷たく、それでいて優しさを感じさせるものだった。アレクは迷った。この人物を信じていいのか、それともここで離れるべきなのか。


だが、答えはすぐに出た。ユリゼルが放つ威圧感の裏には、敵意が感じられなかった。それがかえって不気味でもあったが、今は他に選択肢がない。


「……わかった。行くよ。」


アレクはユリゼルの手を取り、歩き出した。その先に何が待っているのか分からない。それでも、彼は進むしかなかった。スキル「好都合」が示す運命が、どこに繋がっているのかを確かめるために。

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