第42話 勝敗

 決勝戦、本当に勝てるのか不安なままレッティはアルフレッドと対峙していた。


「リートス・グリムア……この戦い、俺が勝ったら、スカーレットに付き纏うのを止めろ!」


 アルフレッドは炎を纏った剣先でリートスをヒタリと捉えている。

 黒い瞳にその炎が反射しメラメラと揺らめいている。

 婚約者さんは何か勘違いしている。


「単なる学校行事に熱くならないでくださいよ、センパイ。

 それに、別に今回の勝敗でセンパイに自分の行動を束縛される謂れは無いです。

 あと、スカーレットは普通に自分の学友なんですけど」


「貴様……!!」


 リートスの言葉は尤もだが、わざとなのか唇の端を歪めてアルフレッドをあからさまに挑発している。悪役顔似合うのね。

 そして、アルフレッドはそれに容易くなってしまう。……何故だ。


「ふふふ……楽しいわね」


 ミラはアルフレッドとリートスが争っていると嬉しそうだ。


「うー……みんな真面目にやろうよ」


 だれもレッティの言葉なんて聞いちゃくれない。

 レッティはやるからには勝つつもりで頑張る。それだけだ。

 変な所で変な軋轢を生まないで欲しい。


 そして決勝が始まった。

 今までの試合通り、ミラが作った大量の尖った石の礫をレッティが風の力でアルフレッドに向けて飛ばす。


 ――カンッ!カカカカ!!


 アルフレッドはそれを魔法を使わず剣技で自分に当たりそうなものだけを打ち落とした。


「凄い!」


 レッティは思わず賞賛を口にする。


「おっと、アルフレッド様一点リード!どうする?リートス」


 ミラが謎の点数を付けたけど、大会のルール上に点数なんて無かったと思うけど?


「ここまでの試合で自分は力を温存して来た。

 二人のお陰だ……お陰でこの戦いを全力でやれる」


 リートスがニンマリ嫌な笑みを浮かべた。何故この魔法使いは素直に嬉しそうな顔を出来ないのか。


 ……そう。リートスの力無しでレッティとミラは二人だけで勝って来たのだ。

 リートスはただ、場内に立ってただけ。

 手の内を見せない為、そして魔力の温存の為らしいが……。


 試合の勝敗は、それぞれのチームリーダー……うちのチームではリートスが、場内に掛けられている保護魔法が無ければ死んでいた……と見做される攻撃を受けた時に勝敗が決する。

 審判の教師がその瞬間を見逃さない様に、口を引き結んで戦いの場にいるレッティ達を見つめている。


 そして、我らがチームリーダーが朗々と響く声で聞いたことのない詠唱を唱えた。


「大地よ我が命を聞き届けよ……命宿し、我を守護したまえ……!いでよ!ゴーレム!!」


 地面に輝く巨大な魔法陣が出現し、中から土と石で出来た巨大な人型が地面からその身を起こす。


 ――わぁぁぁぁ!!!


 観客席が沸き立った。

 学生で使える者が居るなんて想定外の高等魔法だ。

 

「あの程度の炎はこの土属性のゴーレムには効かないからな。

 それに切られた所から修復出来る。

 ……ゴーレムに土塊を当てても大丈夫だからな。スカーレット、勝ちに行くぞ!」


「もしもーし、リートスさーん?私もいるんですけど」


 ミラの言葉は無視された。


 ゴーレムの拳が握られて、巨体に似合わぬ素早さでアルフレッドに向かって振り下ろされる!

 それをアルフレッドは軽やかにバックステップで避けた。


「あ、危ない!」


 婚約者の危機にレッティは思わず叫ぶ。


「サポートを!」


 鋭いリートスの声に自分の役割を思い出し、礫をアルフレッドに向かって打ち出す。


「本気出せ!」


「レッティ!情け無用よ!」


 仲間から叱咤が飛ぶ。

 これまでの戦いよりも少し風の勢いが弱くなってしまったのは自覚がある。

 ……だって、死ぬ事は無くても痛いんだよ?

 レッティもこの大会でちょっと涙目になる程度には怪我をしている。すぐに治して貰えたけど。


「舐めるな!」


 婚約者側からも文句が出たので、レッティは全力で礫を繰り出しつつ……準決勝までの戦いでも使っていた、距離が離れた観客席からはアルフレッドも見えなかっただろう攻撃も織り交ぜる。


「砂が……目に…………!」


 アルフレッドが片目を瞑って顔を顰めた。

 剣で砕かれた礫の小さな小さな破片を風で掬い取り巻き上げる、我ながら卑怯で小賢しい技である。


 黄緑色の精霊もクルクルとレッティの周りを踊る様に飛び回って楽しそうだ。


「それなら……」


 ――――ゴォォォ……!


 天を突く炎がアルフレッドを包み、風も礫も砂も寄せ付けない。

 そのまま、炎に包まれたアルフレッドは真っ直ぐ低い姿勢で向かって来る!


「リートス・グリムア!!」


 アルフレッドが吼える。


「クソが!!強ぇんだよ!!」


 リートスが思わずといった風に悪態をついた。

 ゴーレムの腕と足の間をアルフレッドがすり抜ける。

 その瞬間にリートスは咄嗟にゴーレムの全身を砂に変えて、アルフレッドを埋めようと試みた。


「……時間稼ぎにもならないか」


 一瞬見えなくなったアルフレッドは、しかし火力を上げて、砂を炎の生み出す上昇気流で撒き散らして現れた。


 真っ直ぐリートスに向かって来るのを防ぐ時間が無い!

 アルフレッドが剣を振り上げ……下ろす!


「リートス逃げて!」


 レッティが庇う。

 チームリーダーさえ無事ならチームはまだ負けてない!


「スカーレット……!?」


 アルフレッドは目を見開いてレッティを見た。

 レッティは来るだろう痛みを予期して目をギュッと瞑った。


 そんなレッティの肩が乱暴に後ろから掴まれて、引っ張られた。


「きゃっ!」


 体重の軽いレッティは地面に滑り、足を擦り剥きながら地面を転がった。

 急いで顔を上げたレッティの目に、リートスがアルフレッドに切り付けられるのが見えた。


 リートスが膝を折り、そして倒れた。


「……何故だ?何故スカーレットを庇った!?」


 勝ったはずのアルフレッドが、全くそうは見えない動揺し切った顔で怒鳴る様に問い糺す。

 そのアルフレッドの表情を、リートスは満足そうに見上げながら笑った。


「……自分がチーム戦に参加したのは、アンタの吠え面が見たかっただけだからな。

 目的は果たせた……思った以上だな。良い気分だ。

 ゆーしょーおめでとーございます。センパイ」


 医療関係者がリートスの周りに集まる。

 直ぐに治療が始まった。


 レッティは地面に仰向けになったリートスの側に跪いた。


「身体が勝手に動いた……バカなことした。悪いな、俺のせいで勝てなくて」


 リートスの謝罪は囁く様だった。アルフレッドに聞かれたく無いからか。


「ううん。庇ってくれてありがとう。痛かったよね?」


 なんとか微笑もうとしながらも、目を潤ませるレッティに、リートスは皮肉気に笑んだ。


「男の端くれとしては、女にそう聞かれたら、ハイそうですとは言えないんだよな……でもまあ、もう平気だよ。薬が効いてきた」


 そう言うと、リートスはサッと立ち上がった。


「ま、初めてにしてはそこそこ悪く無い成績だよな」


「うん!二位でも嬉しいよ」


「ふふ……私も楽しめたから良かった」


 表彰台でアルフレッドとは目が合わなかった。

 離れた所でハナが手を振っているのが見えたので、レッティも笑顔で手を振りかえす。

 楽しかったし、リートスとも仲良くなれたし良かった……。

 でも、アルフレッド様、なんと無く元気ない気がして心配だな。

 …………探りを入れた方が良いかな?



 表彰台に上がる。

 アルフレッドとは目が合わない。

 ……やはり少し様子がおかしい気もする。


「スカーレット……白い花が好きなんだよな?」


 表彰台の上から人々を興味なさそうな目で見ながら、リートスが囁いた。


「あ、うん。そうだけど」


 リートスがスッと杖を掲げ、歌う様に優しい声で詠唱を始める。


「鳥よ虫よ氷の下に眠る新芽よ――

 

 教師達が何をするのかと慌てて止めようとするが、リートスは止まらない。

 紡がれる言葉に合わせて、周辺一帯が魔法の光に満ちていく……


「――――命言祝ぎ春を告げよフローラーリア!」


 教師がリートスを表彰台から引き摺り下ろしたか、呪文は既に完成していた。


「雪……?じゃないわね」


 ミラが手のひらに乗った小さな白い花びらを指先で摘見上げた。

 青空から絶えず降り注ぐ可憐で愛らしい小さな純白の花の雨の向こうで、連行されて行くリートスがニヤリと笑った。

 

 



 ♢♢♢♢♢


「おーい、元気出せよ!アル〜」

「おい!ハロルド放って置いてやれよ」

「えー?辛気臭くされてるのヤなんだよね、俺」


 アルフレッドは落ち込んでいた。

 スカーレットを傷付けそうになってしまった。

 そして、スカーレットを守ったのは、いけすかないと思っていた、あのリートス・グリムアだ。

 

 リートスは勝ち負けよりスカーレットを取ったのだ。


「クソッ……情けない」


 アルフレッドはグダグダとヤケ酒を飲んでいた。


「アル、もう飲むのはやめてサッサと寝とけ」


 イゴール団長にそう言われては逆らえない。

 強面の上司は本気で心配そうな顔をしている。


「はい……」


 いくら飲んでも気が晴れない。

 自分がスカーレットにしている事は間違っているのか?

 でも……。

 アルフレッドは一人で何をするでも無く、手頃な地面に直に座って無為に時間を消費していた。

 

「こんばんは……」


 澄んだ声にガバッと振り返ると、そこには頭巾を深く被った銀髪の少女がいた。


「ミスティカ……もう会いに来てくれないかと…………」


「中々時間が取れなくて……元気なさそうね、アル」


 彼女に名前を呼ばれるとこそばゆいような、心が浮き立つ様な気分になる。


「うん……実は…………」


 二人並んで座り、スカーレットと距離を取っているのに、口を出してしまう事、そして、呪いの調査が中々進まないことを相談する。


「私の方でも呪いの事調べているから……きっと大丈夫だから、婚約者との将来の事も前向きに考えて良いと思う」


 ミスティカの顔は頭巾に隠れてあまり見えない。柔らかそうな唇が動くのをジッと見つめる。


「そっか……でも、最近自分の気持ちが分からなくて…………」


 呪いの問題が無くなったとして、自分はスカーレットと結婚したいのか……。


「じゃあ……私はそろそろ行かないと」


「もう行くのか?次はいつ会える?」


「そう遠くないうちにまた来るね」


「ミスティカ……またな」


「うん、アルも元気出て来たみたいで良かった。じゃあね」


 ミスティカが去った後は、暖かな気持ちと……ちょっとの寂しさが残った。


 その後、ミスティカは約束通りに何度も会いに来てくれた。

 アルフレッドは、仕事の事、家の事、呪いの事……なんでも話した。

 話をする度に次会うのが更に待ち遠しくなっていく。


「呪いが解けた後も会いに来てくれるのかな……」


 自分は銀髪の少女の心配する気持ちを利用しているのかもしれない。

 だとしても…………彼女と会えなくなる事は考えられない。

 

 

 

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