第40話 特訓。アルフレッドの揺れる心
「スカーレット、今日時間あるか?」
「あるけど……ミラにも予定聞いてからね」
「構わない」
授業終わりにリートスがよく話しかけてくるようになった。
チーム戦が近づいているのだから作戦会議をする必要があるので当然だ。
当然なのだが……周囲の視線が気になる。
イザベラなんてこっちに聞こえるように悪口言ってくるし。
アナスタシアはまた大喜びなんだろうな……。
婚約者とあれ以降顔を合わせる機会が持てずにいる。
……チーム戦を控えて冒険者稼業もセーブ気味だ。
やったとしても、すぐに帰れる依頼ばかりでニクスが不満タラタラで、宥めるのも大変な事になっている。
新しいブラシを手に入れたから、今度たっぷりブラッシングしてあげてご機嫌取らないと。
「ミラ、時間ある?チーム戦の練習しよ」
「ふふ……流石にリートスと二人っきりだと不味いもんね。
あの婚約者さんに嫉妬されたら面倒そうよね」
ミラは状況を楽しんでいる。
ちぇっ!リートスとはそんなんじゃ無いのに。
リートスはマイペースだから色々気にしていないだけなのだ。
「ミラは他人事で良いわね。私は婚約者と更に微妙な状況で困ってるのに」
「家同士の婚約なんだから、アルフレッド様の一存じゃどうにも出来ないでしょ、どっしり構えてなさいよ……アナスタシア様程はどっしりしなくて良いけど?」
ミラは自分で言った冗談にクスクス笑い始めた。
釣られてレッティもちょっと笑う。
「さあ、こうなったら行くとこまで行くべきよ。
婚約者さんに一泡吹かせちゃえば?」
「そうね……やるからには勝つ気で行かないと!」
アルフレッドに勝ちを譲ってあげるつもりは無い。
婚約者に負けたからって嫌いになるような器の小さな男では無いはず!……よね?
「やる気があるのは結構な事だな。行くぞ」
無言でレッティとミラのやり取りを見ていたリートスが話がひと段落付いたと見て声を掛けつつサッサと歩き出した。
「リートスはいつも先に行っちゃう!待ってよ」
「お前達のやり取りが終わるのを待ってたら日が暮れるだろ」
「そんな事……ないもん?」
「……自信ないなら否定するなよ」
リートスは一人でいつも行動していて、口数が少ないと思っていたが、最近は良く喋るようになって来ている。
総合的な学業成績はレッティが上だが、魔法関連での知識の深さでは決して敵わないので、こう見えて結構尊敬している。
「……じゃあ、ワイズが適宜自分の判断で地面から石や砂を錬成するんだ。
自分も状況判断して指示を出す。
……スカーレットは本当に剣術は使わないのか?事前に申請して、必ず魔法と同時に使うなら別に使っても良いらしいぞ」
「剣術は婚約者が反対してるからね。少しなら良いけど、あんまり中心に使うのはね……。
それに剣術はアルフレッド様に勝てないから」
銀髪に変身後でも剣ではまだ負けるかも知れないので、今回は魔法のみでの戦いにする予定だ。
「特技の制限……ほったらかしにする割には煩く制限だけはするのか……」
「アルフレッド様なりの考えがあるの。悪く言わないで」
アルフレッドには呪いの事があるのだ。
レッティと本当は仲良くなりたいのに、結婚出来ないからわざと距離を置いているのだ。
それに、レッティを危険に晒したく無いという思いは表面上だけでも受け止めてあげたい。
婚約者としてレッティは葛藤を理解(わか)ってあげなくては。
「はぁ……そうかよ。興味無い」
「えー!?リートスからその話振ったんでしょ!」
「この後予定あるんだろ?早く実演始めるぞ」
「私は準備万端よ。レッティ、良いかしら?」
本当に婚約者に勝てるかどうかは分からないけど、三人で作戦を考えながら魔法の練習をするのは楽しかった。
それが終わったら、呪いや薔薇の魔女に関して、本を読んだ後の考察を話し合う。
二人と一緒にいる間は、前向きになれて、呪いの事も何とかなるんじゃ無いかと思えた。
レッティはポニーテールをしっかりと高い位置で結び直す。
黒いリボンに、光の加減で銀色にも見える清楚な花の飾りが良く映えていた。
♢♢♢♢♢
「よお!最近景気悪いツラしてんな?便秘?」
「副団長……下品です」
アルフレッドはモヤモヤしていた。
あのリートス・グリムアとか言う生意気な男についてだ。
スカーレットはアナスタシアが言うような男漁りするような子では無い……と思う。
しかし、元々自分から交流を持つことを拒否し、最近は顔すら合わさないようにしているのに、彼女の何を知っていると言うのだろう?
もしかしたら、同級生だからあの男を無碍に出来ずに付き纏われているんじゃ無いのか?
「あの……副団長」
「ふぁぁ……ぬぁーに?」
ハロルドは欠伸をしながら答える。
「…………スカーレットと会った時の印象ってどうでした?
その……大人しそうとか、真面目とか、男嫌いとか…………」
眼鏡を掛けて詩集を読んでいるような大人しい子だ。
もし困っているのなら、アルフレッドが助けてやらなくてはならない。
「え?意外と大胆……みたいな?」
「何ですかそれ!?スカーレットに何かしたんですか!?」
女好きな上司から発せられた不穏なワードに、アルフレッドは噛み付く。
ハーフエルフで長寿な為に人間の年齢には拘らないらしいが……スカーレットは未成年なのに!?
「いでてて!痛いって離してくれよ!
はぁ……いやいやぁ、流石に部下の婚約者に手を出したりはしない……ような気もするような……しないような?」
惚けた顔をする副団長をアルフレッドが睨みつけると、やれやれと肩をすくめた。
「じょーだんだって、冗談通じない男とか愛想尽かされるぞー。
と言うか、え?婚約者ちゃんとの悩みだったんだ。てっきり最近ミスティカちゃんと会えなくて拗ねてるのかと……」
上司が両手をフリフリ、ヘラヘラした顔で婚約者との仲を否定するので、多少は……本当に多少ホッとした。
が、密かなもう一つの悩みを的確に言い当てられて、アルフレッドは言葉を詰まらせる。
「う…………まあ、それもありますけど。
……スカーレットにまだ何もしてないんですよね?信じますよ?信じて良いんですよね?
確かにミスティカが最近現れないのは心配してますけど……」
そう。あの銀雪花の花畑で呪いの話をしてから会えていない。
もしかして、そんなに親しく無いのに重い話をして引かれてしまったかと落ち込んだりもしていた。
「そっかぁ……スカーレットちゃんとミスティカちゃんの二人を同時に手中に収めようと……。
ぷふふ……いいねぇ。流石は俺の部下だよ!欲しいものは全部手に入れる!その粋だ!」
ハロルドがゲラゲラ馬鹿笑いしながら、肩をバシバシ叩いてくる。
このハーフエルフ、細く見えてちゃんと訓練は――サボろうとしては団長に捕まって――させられているので力が強くて結構痛い。
「勝手な事を言わないで下さい!」
アルフレッドは上司の腕を振り払う。
スカーレットは妹みたいなものだから大切にするのは当たり前だし、ミスティカは……命の恩人で、戦友だ。
「はぁ…………」
将来結婚しない以上はスカーレットが他の男と付き合うのは自由だ……自由なのだが、あのリートスという奴はダメだ。
……天才的な魔法の使い手らしいが、上級生に対する態度が良く無いし、きっとスカーレットを不幸にするだろうからダメだ。
身勝手かも知れないが、ちゃんとアルフレッドが認めた男と幸せになって欲しい。
そして……アルフレッドはミスティカに会いたかった。
胸の内の不安を聞いてもらいたかった。
あのアルフレッドがピンチになると現れる不思議な存在なら、もしかすると本当に呪いの事も何とかしてくれるんじゃ無いかと期待が中々拭えなかった。
そして……あの時、何を言いかけたのか聞きたかった。
――関係無くない!だって……私…………
続く言葉に期待してしまった自分がいた。
思い出しては、その場でもっとハッキリとした言葉を求めなかった自分に腹が立つ。
一輪の花を大事そうに胸に抱く可憐な不思議な少女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
――ミスティカは自分の事をどう思っているのだろうか…………。
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