第38話 図書館
レッティも偶に利用する図書館だが、いつ来ても壮観だ。
古代の魔法が建物全体に掛かっているらしく、内部は外から見た時よりもずっと広い。
天井も何処までも高く、見上げたずっと先の小さく見える天窓から青空が覗いている。
「こっちだ……自分について来てくれ」
リートスはサッサと歩き出す。
遅れないようにレッティとミラは小走りに後ろに従う。
「呪いと薔薇の魔女について書いている本がこっちにあるの?」
「学生が立ち入れる所には無い。
下手に誰でも読めるようにして試すバカが現れたら面倒だからな。
そして、自分はそれなりに学生が読める範囲の本は表紙と目次だけは全て目を通しているが、薔薇の魔女についても置いてはなかった」
表紙と目次だけで中身を読んでいないにしても、蔵書量を考えるとリートスはどれ程にこの図書館に入り浸っているのか…………。
リートスは振り向きもせずに迷わず進んで行く。普段使っている区画と違う場所に来てしまい、雰囲気の違いにレッティはキョロキョロと周囲を見回しながら歩き続ける。
「ねぇ……天才さん、こっちは来ても無意味だって先生達が言ってたの聞いてなかったの?」
ミラがリートスを咎める。
「知ってる。でも、君は行けるんだろ?禁書の収められた部屋に」
「…………そうだけど」
図書館には学生達が立ち入れない場所がある。
学生だけではなく、教師もそこに向かっても古い魔法の力で気がつくと入り口に戻されてしまう。
――という事はレッティも聞いて知っていたが……
「ミラ……行く方法があるの?」
「当たり前だろう。表に出せない本だって誰かが管理しないといけない。ワイズはこの学園と設備の管理人の後継者だからな」
ミラの代わりにリーマトスが答えた。
「――うーん、ナイショだったんだけど仕方ない。悩める親友の頼みだもんね。
特別に連れて行ってあげましょう!」
ミラが胸元の内ポケットから大きな鍵を取り出した。
チェーンを首に掛けて鍵を胸元にぶら下げた。
「二人とも私からあまり離れないようにね」
ミラはそう言うと、颯爽と歩き出した。
リートスはミラに素直に先を譲る。
「流石、歴史あるワイズ家だな」
「おべっかは結構よ、天才魔法使いさん?」
リートスの言葉にミラが振り向いてウインクしながら答えた。
真っ直ぐと左右、三方向に分かれた道を右に曲がる。次も右。その次も右。そして次も右。
「え?90度ずつ右に曲がっても……」
「着いたわよ」
レッティの言葉を遮って、ミラがいつの間にか目の前に現れた扉を開けた。
そこは不思議な場所だった。
扉の先は天井も壁も床も見えず、何処までも続く様に見える夜色の中で、遠くに数多星々が瞬いている。それも上下左右何処までも……。
満点の星空の中に入って来た扉や書架が浮いているように見え、書架の間をフワフワとランタンがオレンジ色の暖かな光を灯し空中を流れて行く。
ミラは平然と床も足場もない様に見える空間を歩き、近くを浮遊していたランタンの一つを捕まえて、床の見えない星空の中を迷い無い足取りで進む。
リートスもその後を着いていく……のをレッティが止める。
「ま……待ってよ」
「…………ロイド、離してくれ」
レッティにマントを掴まれたリートスが、呆れた顔をしている。
レッティは恐る恐る下に見える星空に足を下ろした。
「うん……床は見えないけど普通に石畳踏んづけてるみたい」
しかし、何かを掴んでいないと何処までも落ちていきそうな気がしてしまう。
そして、掴めそうなものが周囲にあまり無い。
「マントを離してくれ……」
「それは……ごめん。持ってちゃダメ?」
だって掴めるところ無いし。
リートスと手を繋ぐとかは流石に無い。ミラとなら良いけど。
「…………はぁ、もういい。好きにしろ」
これ見よがしにため息を吐いたリートスは意地悪だ……でも、持ってて良いと言ってくれた。やっぱり親切かも?
リートスに対する評価は一旦保留にしつつ、レッティも、マントを逃がさないようにむんずと掴みながら、禁書とやらの背表紙を眺める。
金色の装飾の美しい厚みのある本が目に付いた。
「これ綺麗な背表紙ね、でも古代語かぁ……」
成績は良いが、また未履修の単語ばかりだ。国?魔法……?
「死病を呼び、国を滅ぼす魔法……と書いてある」
リートスが訳してくれた。
「そ、そっかぁ……」
なんて怖い本だ。確かに学生が気軽に行き来できる所に置いて良いものでは無い。
レッティは気持ちその本から距離を置く。
目の前を通り過ぎたランタンの炎と思っていた明かりが、数匹の羽が発光する蝶々だった事に気が付いた。
知らない魔法だ。
「呪いについては……ここの書架ね」
ミラがランタンを掲げて二人を待っていた。ランタンからオレンジ色に光り揺らめく蝶が一匹逃げ出し、ミラの頭に止まる。
しかし、その蝶の光は直ぐに弱くなり羽が端からポロポロと崩れ消滅した。同時にランタンに新しい蝶々が生まれる。
ミラが空中にランタンを手放すと、それは地面に向かって落ちたりせずにそのままフワフワと漂う。
レッティがランタンに気を取られている間に、ミラが棚から本を何冊か取り出した。
「どう?何冊か持っていく?」
「……触っても平気なの?」
レッティは不思議な空間にどうにも落ち着かない。
「うん。平気なのを選んだから」
「じゃあ触るとダメなのもあるんだ……」
やっぱり怖い所だった。
レッティはリートスのマントを更にしっかり掴む。
管理人の跡取りとして慣れているだろうミラは兎も角、リートスの落ち着き様はどういう事か。
レッティも良い加減ビクビクしてる訳にもいかないので、慣れて来た頃に、そっとリートスのマントを離した。
「勝手に本を触るなよ」
リートスがレッティに忠告する。
「しないよ……」
別に完全に怖くなくなった訳ではないので、そんな無謀な事はしない。
剣で切れるモノならレッティも怖くないが、呪いや、この変な空間は太刀打ち出来ないから、警戒している。
幻想的で綺麗な場所だとは思うが、そこに収められている蔵書の危険性は何となくでも理解出来るのだ。
「薔薇の魔女関係は……ここ辺りか」
リートスが何冊か取り出す。
「図書館から持ち出しても良いけど、学園敷地外には持って行かないでね。
一旦返してまた取りに来る事。良い?」
「うん。分かったわ」
次期管理人のミラの言葉に素直に頷いた。
「じゃあコレ、持って行ってね」
本を受け取り、レッティ達は禁書の収められた書庫から出た。
今度はひたすら通路を真っ直ぐ進んだら、いつもの学生達がチラホラいる場所まで戻って来ていた。
リートスは早速レッティが抱えていた本の中から一冊を選んで、椅子に座って読み始めた。
瞬きすら余りしなくなる集中力には脱帽する。
……次の試験も勝てるかな?
「リートスはこうなると集中して、こっちの話聞かなくなるもんね。あ、そうだ……ついでに借りておきたい本があるの」
レッティはふと思いついた事があった。
「なぁに?レッティたら勉強熱心ね」
「そうじゃなくて……花を綺麗に押し花に出来るかなって」
「それならこっちの本棚にあるわ」
ミラに何冊か選んでもらった本を持って、リートスの近くに座った。
「でも押し花なんて珍しいわね。花によっては向いてなくて綺麗に出来ないのあるけど大丈夫?」
「うーん……綺麗な色が変わったら嫌だけど、このまま枯れる方が嫌だから」
「……それなら別の保存方法を試したら良いだろう」
リートスが丁度一冊目を軽く目を通し終えたのか、こちらを向いていた。レッティ達の話を聞いていたらしい。
「え?別のって?」
レッティが小首を傾げると、リートスは立ち上がった。
「……自分について来い、ロイド」
「じゃあ私は呪いの本に勝手に触られない様に見ておくから」
ミラが手をヒラヒラ降って見送ってくるので、レッティはリートスの後ろを置いてきぼりにされない様小走りで追いかける。
普段レッティがあまり使わない方にズンズン進んで行き、立ち止まると一冊の本を指差した。
「あれが良いと思う。わかりやすく書かれている」
レッティが手を伸ばしたが、高い場所にあるので取りにくい。
「ほら、取ってやる……」
と、リートスがレッティの後ろから本に手を伸ばした時、図書館にあるまじき甲高い声がした。
「ほらぁ!!アルフレッド様ァ!浮気現場ですわぁぁぁ!!」
レッティとリートスが同時に振り向いた先には、ゴージャスな縦ロールを揺らし、喜びに頬と二重顎を薄紅色に上気させたアナスタシアと、その後ろでレッティを見つめるアルフレッドがいた。
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