第35話 アルフレッドの秘密
「俺……呪われているんだ」
そう言うアルフレッドは一見すると、いつも通りの落ち着いた顔だが、瞳は不安定に揺れていた。
その表情はとても冗談とは思えない。
「呪い?いつからそんな……?どんな呪いなんです?」
レッティの声が微かに震えた。婚約者の一大事だ。
解呪の方法なんて知らないが、何でも良いから役に立ちたい。
レッティは一歩アルフレッドに近付いた。
足元の花が僅かに揺れる。
「俺は長くは生きれない……と言っても直ぐに死ぬ訳じゃない。父親が死んだのと同じ年齢になったら死ぬ事になっている。
呪われたのは俺の家で、生まれる前……祖父の代からだ」
レッティは目を見開き、息を呑んだ。
確かに呪いの発動までは時間があるようだが、楽観的に気にせずに過ごせる程の長い余命でも無い。
それをレッティの両親……ロイド伯爵家は知っているのだろうか?
いや、両親の事は今はどうでも良い。アルフレッドの話をしっかり聞かなくては。
優しく甘い香りの漂う幻想的な花畑の中で、レッティはアルフレッドが昔偶然祖父母が話しているのを聞いてしまった呪いの話を聞いた。
アルフレッドは淡々と話すが、時折り言葉を詰まらせ、口を開いては閉じて、適切な表現を探す様な素振りを見せた。
その感情を抑えようとする姿に、レッティまで息苦しさを覚える。
「だから……俺は結婚するつもりが無いんだ。
婚約者のスカーレットには悪いけど、幸せに出来ないからな。
俺の呪いが解けないまま子供が産まれたら、いずれその子も…………」
「何か……何か手立ては?」
アルフレッドが顔を伏せて首を振る。
「それを探すために、俺は騎士団に入ったんだ」
ポツリと呟く様に言った。
それを聞いて、レッティも俯いた。
レッティはただ、自分に才能があるとエバン先生に褒められたのが嬉しくて、婚約者と仲良くなるキッカケが欲しくて騎士になりたいと無邪気にアルフレッドに言ってしまった。
しかし、アルフレッドにとっては、騎士となり、調査に赴く事は、理不尽な運命に抗うため、生き延びる為に縋った道だったのだ。
「その様子じゃ、どうやら解呪の方法は知らないみたいだな」
アルフレッドは薄く笑みを浮かべたが、胸の内でどれほど落胆しているか……想像するとレッティは無性に泣きたくなった。
「私……私も呪いについて調べてみる。アル……貴方を死なせたりしない」
呪いがあっては破談になるから……と言うだけでは無い。レッティはアルフレッドに生きていて欲しい。
希望を持って生きて欲しい。
「いや、これは俺のやるべき事で、ミスティカには関係ない事だから……」
アルフレッドは首を振る。
関係ない……と言う言葉にレッティは自分でも思いがけないくらいに動揺した。
「関係無くない!」
レッティはアルフレッドに貰った一輪の花を両手で包み込む様に持って胸に寄せる。
「だって……私…………」
そこでレッティは口を噤んだ。
伯爵令嬢スカーレットは婚約者として関係はあるが、人外の冒険者ミスティカとしては、数度会ったことがあるだけだ。
ミスティカがアルフレッドに何故そこまでするのか……納得させるだけの理由が思い当たらない。
「わ、私…………」
アルフレッドが訝しげにレッティを見つめる。
何を言うべきか困り果てたレッティに果たして救いの手は訪れた。
『レ……ミスティカ』
「ニクス!」
咲き誇る花々を踏みしめ、風に舞う花びらの中、悠然と歩を進める白狼の巨体が夜の闇の中浮かび上がっていた。
「……アル、もう私は帰る時間だから。
また会いましょう」
レッティはしゃがみ込んだニクスの背に軽やかに飛び乗った。
「ミスティカ…………そうだな。もう今日は遅い時間だ。わかった。またな」
別れの余韻を味わう暇も無く、白く月光をはじいて輝く花弁を散らし、ニクスが力強く走り始めた。
アルフレッドの諦めと僅かな希望に縋ろうとする痛々しい姿が脳裏に焼き付く。
『レッティ、良い匂いがする。あのお花畑でお花摘んでたの?』
ニクスが走りながら、鼻をヒクヒクとさせた。
「うん……一輪だけ持って来たの。
押し花にでもしようかしら」
吹き付ける向かい風に花弁が散らない様に、レッティはアルフレッドに貰った花を大事に守りながら帰路についた。
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