第34話 銀雪花
第十三騎士団の祝勝会に招かれたが、レッティは何を言われても兜を取ることはしなかった。
参加するにしても、格好をもう少し考えるべきだったか。
頭巾に被り直す機会が無かったのだ。
如何にも食べ応え重視のボリューミーな料理が所狭しと並ぶ。
どうやって食べれば良いのか分からずに、周囲を見回す。
隣に座るアルフレッドは骨付き肉を豪快に手掴みで持って齧り付いていた。
……真似できない。令嬢としての矜持がある。
「あれ?ミスティカちゃん食べないの?
俺が切り分けてアゲル!」
ハロルドが困っているレッティを見兼ねたのか、馴れ馴れしい雰囲気を装って、さり気無く助けてくれた。
ありがたい!
「副団長!彼女は我々の恩人ですよ。軟派な態度は失礼に……」
アルフレッドがハロルドが口説こうとしていると勘違いしたらしく、苦言を呈する。
「ミスティカ嬢、ハロルドには気をつけろ。
そいつは若い女を見ると直ぐにそういう態度を取るんだ」
「あっという間に食べられちゃうよ〜気をつけて〜」
団長と白衣を着たドクという人も楽しげに忠告して来た。
「えー!みんな酷い!俺は可愛い女の子には親切なだけなのに!」
ハロルドが顔を顰めて不満をひょうきんに表明する。
それを見てレッティは思わず口元を手で隠しながらクスクス笑った。
「もしかして貴女、良いところのお嬢さんなんじゃない?」
ミスティカの様子を観察していたらしいドクの質問にレッティはギクリと身を僅かに強張らせる。
「ほら、冒険者の女の子の素性を勘繰ると逃げられちゃうからヤメテヤメテ!
それで俺何人逃したと思ってるの!うぅ……アリエッタ……どうして俺を置いていったんだぁぁあ」
ハロルドが大袈裟に嘆くのを見て、周囲がここぞとばかりに茶化し始めた。
ハロルドが居てくれて本当に良かった……。
「副団長、女の子相手に点数稼ぎですか?露骨過ぎますよ。
あ、コレ美味しいですよ」
人の良さげな若手の騎士……マルコ・オブライエンが飲み物を勧めてくる。
「兜を取らないのは、もしかして顔に傷があるとかですか?
みんな団長の顔で見慣れてるからそういうの気にしませんよ」
「あはは……」
マルコから、新しい飲み物を受け取りつつ、レッティは愛想笑いで何とか場を誤魔化そうとする。
「おい!男と女は違うだろ!それに俺も傷付くんだぞ!」
イゴール団長がマルコを止めた。
団長は無骨そうで真面目そうだが、意外と冗談も通じるみたいだ。
レッティは強いお酒は年齢的にも飲めないが、アルフレッドは結構勢い良く飲んでいる……というより、周りから飲まされていた。
第十三騎士団は少人数なだけあって、和気藹々としていた。
「で、ミスティカちゃんも冒険者やりつつ、騎士も興味あるんだ?
それなら第八騎士団はダメなのよーくわかったっしょ。
ウチなら大歓迎だよ!ね、団長様!可愛くて回復魔法持ちで、風の妖精の使い手だって!
しかも神獣二匹と仲良し!
是非とも勧誘しなくちゃじゃないか?」
ハロルドが積極的に誘ってくれる。
……婚約者に招待明かさない様に気を付けつつなら、魅力的な提案かも?
「うーん……慣習的に冒険者のランクがもっと高く無いと後で何かと五月蝿く言われそうだ。
あれだけの事が出来れば、ランクも直ぐに上がるだろうから」
「えー!?お堅いなぁ。
そんな訳だから、ミスティカちゃんも冒険者の方頑張ってよ」
「はい。頑張ります」
これは騎士団の内定を貰った様なものでは?副団長のハロルドが味方してくれるのなら、かなり助かる。正体を隠したままどうにかなるかな?
婚約者といられる時間が多くなるし……あ、でも学校どうしよう?
まさか学生のうちにここまでアッサリ騎士への道が開かれるとは思ってなかった。
――とりあえず今は保留で。
そのまま宴もたけなわ。
男達は良い感じに酔いが回って来ている。
レッティはその中を静かに抜け出した。
アルコールは強く無いものを飲んでいたが、飲み慣れていないので、体がほてって。少し外の空気を吸いたくなった。
「はぁ……夜風が気持ちいい」
そう呟くと追加で風が吹いた。
目の前に黄緑色の光が舞う。
「ふふ……ありがとう」
妖精が風を受けて喜んでいるレッティを見て、魔法の風をプレゼントしてくれたのだ。
いつもならとっくに寝ている時間だ。
恐ろしい魔物との戦いから、騎士団との交流と、普段には無い状況に興奮しているからか、不思議と眠くは無い。
……学園は明日は休日だが、こっそり自室に戻らないと。
アルコールのせいか、気分がフワフワしている。
ニクスが迎えに来てくれるまで、まだ少し時間がありそうだ。
「風に当たっているのか?」
気配でそうでは無いかと思っていたが、アルフレッドが近付いてきていた。
「アルフレッド様……」
「アル、で良いと何回言えば良い?」
婚約者さんはちょっと酔っているみたいだ。
ちょっと照れつつも、レッティも応える。
「アル……酔ってるのですか?」
「口調も、そんな畏まらなくて良いんだ。
俺たちは一緒に戦った仲だ。戦友だろ」
「戦友……そう。そうよね」
レッティは微笑んだ。戦友。良い響きだ。
婚約者……よりもそっちの響きの方が好きかも。
「こっち……ついて来てくれ」
アルフレッドは返事を待たずに先を行くので、仕方なくレッティは早歩きで背中を追う。
足の歩幅で苦労しているのに気が付いたらしいアルフレッドが少し歩くペースを落とした。
夜風でサワサワと木々の葉っぱが音を立てる。
その中を二人、無言で歩く。
会話は無くとも不思議と気まずさは感じなかった。
こんなに婚約者を身近に感じたのは、出会って数年の月日の中で初めてかも知れない。
……甘く優しい香りがする。花の香り?
「ここだ」
アルフレッドが振り向いた。
「……わぁ!綺麗!!」
レッティはアルフレッドの傍を通り過ぎて、花畑に足を踏み入れる。
地面そのものが、白くほの光って見える可憐な花弁。
風が吹くと花びらが舞い踊り、キラキラと月明かりを反射して、星の瞬きの様に煌めいた。
「
日中見ると、花びらが光に透けて銀色にも見える。もっと綺麗だよ」
アルフレッドが一輪手折ってレッティに渡してくれた。
「ありがとう。こわな素敵なところを教えてくれて」
ため息が出る程に綺麗な花だ。
それに良い匂いがする。
はしゃぐレッティを見て、アルフレッドも嬉しそうだ。
ゆっくりと花を踏まない様に気をつけながら、レッティの側まで来た。
「その……耳と尻尾の事なんだけど、本物なんだよな?」
「……え!?」
アルフレッドの視線は兜からピョコンと飛び出した三角の耳に注がれている。
「いや、飾りかと思ってたけど、偶に動いてる事がある。
……気がついてる奴は騎士団の中に他にもいるだろうけど、他所と違って俺たちは煩く言わないよ」
「えっと……そ、そうなの」
腰に巻き付けていた尻尾をピョコンと立てて、左右に振って見せる。ふりふり。
「……触ってみても良いか?」
「あ、うん。良いよ」
わかる!気持ちわかる!触りたくなるよね!
すると、アルフレッドは右手で耳を、左手で尻尾を触って来た!
「え!両方!?」
尻尾の方だけだと思ってた。
「ん?ダメか?」
「ダメじゃ無いけど……」
さわさわ……もふもふ……。
さわさわ……。
もふもふ……。
「んん……」
なんかくすぐったい様な……?変な感じがして、レッティはモゾモゾと身体を動かす。
自分で触るのと感覚が違う。
「あったかいな。柔らかい」
アルフレッドは手触りが気に入ったのか、両手で両耳のフチを優しくなぞったり、尻尾の毛を手で漉いたり……レッティは、こそばゆい様な変な感覚に耐え続けた。
「ずっと触っていたいな……」
「んうぅ……くすぐったいから、もうおしまい!」
レッティはアルフレッドから少し距離をとった。
――よく考えたら女の子の身体をそんなに沢山触るなんて良く無い!
「え?もうダメなのか?もしかして痛かったりしたか?」
「痛くは無いけど……くすぐったいの!」
「もう少し気をつけて触れば良いのか?」
アルフレッドは意外とシツコイ。
「ダメ……今日はおしまい」
レッティは両手で耳を隠しつつ、尻尾は背中側で見えない様にした。
少しだけ……もう少しだけ触って欲しい気もしたけど。
「わかった。今日は諦める」
「……本当よね?」
信じてあげて警戒心を解いたレッティを見て、アルフレッドは少し楽しげに笑った。
そして、少し逡巡するように切り出す。
「実は……君と仲良くなりたいと思った理由に、君が人外で、神獣と仲が良いみたいだからって言う、打算的な考えがあったんだ」
月明かりだけが照らす世闇の中、白く浮かび上がるアルフレッドの顔は、いつもより幼なげで、縋る様な必死さがあった。
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