第33話 戦闘終了

「魔法で倒そうと思う」


「でも、甲殻が硬くて魔法だけでは中々通らないんじゃないですか?

 女王蟻はその他の蟻よりもさらに甲殻も分厚いですし……」


 アルフレッドは首を振る。


「甲殻はダメージを受けているせいで全体を覆っていないだろう?

 俺は炎を使える。君は風を使える。

 ……アイツを丸焼きにしよう」


 少し考えて、レッティはアルフレッドの言いたい事を理解した。


「ニクス!私がやるわ!他の人から女王を引き離して!」


 レッティの言葉にニクスが一旦女王蟻から離れ、そして勢いをつけて体当たりをした。


 それはダメージを負わせる程の威力は無かったが、女王蟻は騎士達からも距離が離れた。


「ニクスも離れて!……精霊さん!風で女王蟻を囲んで!逃がさないで!」


 レッティが魔力を注ぎ、それを精霊が増幅させながら竜巻が巨大な女王蟻の身体を僅かに浮かび上がらせる。


「なんて魔力だ……」


 騎士達から呆然とした声が漏れる。

 ……褒められて嬉しいけど精霊さんの力が殆どだよ!


「これなら……灼熱の炎よ!大地を焦がし天を紅く染めよ!」


 アルフレッドが早口で詠唱を口にし、業火を発生させ女王蟻へと向ける。

 レッティと精霊の風に翻弄された女王蟻は逃げることも出来ない。


 ――――――ギ……ギギギキキキギィィ!!


 女王蟻がこの世のものとも思えない悲鳴を上げる。


「炎の竜巻……?」


 その様子を見ていたハロルドが呟いたのが聞こえた。


 レッティの竜巻はアルフレッドの炎を巻き上げ、女王蟻の身体を容赦なく包み込んで焼き上げる。


「甲殻が無事なら攻撃が通るか分からなかったが、穴空きならそこから大火傷は免れないだろう。やったな」


 アルフレッドは悪戯っぽく笑った。

 ……そんな表情も出来たんだ。


 騎士としてのアルフレッドの姿は、レッティが婚約者として知るものとは違った。

 図々しくて……こんなに親しみやすい人とは思ってなかった。


 女王蟻が沈黙し、動かなくなったのを確認してから魔法を解いた。


 ――――ズンッ……


 重い音を立てて、女王蟻が横たわった。


「やったか!?」


「おい!近づくな!」


 ハロルドが近づこうとするのを、イゴール団長が止めた。


「まだ動くのか!」


 アルフレッドが驚愕の声を上げる。


「でも、もう戦う力は無さそう」


 レッティは女王蟻をよく観察してそう呟いた。

 それを聞いた訳では無いだろうが、同じ判断をしたらしい騎士達の空気が僅かに弛緩する。

 いつの間にか雑魚の蟻達も全滅している。


 倒れた女王蟻の胸元の甲殻が割れていて中に瘴気を纏ったコアが見える。

 炎に焼かれる前は、足で守っていた部分だ。

 そこの一部が更にドス黒く染まっている。

 あの闇の様に黒いのが魔王のコアなのか。


「なんだ、まだトドメさせて無いじゃないか!これだから甘ちゃんのボンボンはダメなんだ」


 癖毛の栗色の髪の若い騎士が女王蟻に近づく。


「おい!気をつけろ!」


 イゴールが若者も止めようとする。


「私の部下に命令するな!」


 第八騎士団長のケレスがイゴールと若者の間に入った。

 険悪な雰囲気だ。

 レッティとしてももう少し待った方が、炎の熱が冷めるだろうし安全だと思うけど、争いに巻き込まれたく無いので沈黙を保つ。


『んー?魔王のコア思ったよりずっと小さいよ?

 おかしいなぁ……匂いからするともっと大きいと思ったのに』


 ニクスが女王の胸元を見ながら首を傾げる。

 女王蟻の胸の上に乗った若者が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて周囲を……第十三騎士団の面々の顔を見下ろす。


「雑種混じりの第十三騎士団の皆様、お手伝い頂いてありがとうございました。

 後は我らが第八騎士団の仕事ですので、もうお帰り頂いて構いませんよ」


 その言葉にアルフレッド達の顔に僅かな苛立ちが浮かぶ。

 手柄を奪うつもりなのか。

 実際にそれが可能かは置いておくにしても、騎士としてずっと多くの功績のあるイゴールやハロルドもいるのに、なんと無礼なのか。

 

「では、ボンボンが仕留め損なった尻拭いを……」


 栗色の髪の男が剣をコアに突き立てようとした、その時……土煙が上がった!


 


 ――――バキッバキバキ……ズズ……

 


 大量の土塊と剣を持った腕が空中に舞った。



 巨大な二足で立つ、新たな昆虫がそこにはいた。

 女王蟻は胸元をごっそり失い、真っ二つになっている。


「あれは……アリ地獄?」


 土魔法を使っているのだろう。

 周辺の地面がぐずぐずに崩れている。

 魔法の力で土の中に潜んでいたのか?


『成る程ね…………僕が嗅覚で完治していたのは、あのアリ地獄のコアだったみたい』


 ニクスが納得できたと笑う。

 それと同時に女王蟻が何故、事前にダメージを負っていたのか分かった。

 自分よりも大きな魔王のコアを持つアリ地獄と戦った後だったのだ。

 

 そして、地面に投げ出された、今だに剣を握ったままの千切れた腕の持ち主は……腕以外はアリ地獄の口の中の様だ。栗色の癖毛が血に塗れて口からはみ出ている。


「どうしよう……アイツは女王蟻のコアも手に入れて凄く強いはずよね」


 レッティは思わず後ずさる。

 目の前で女王蟻の魔王のコアも吸収したためか、更に身体が大きくなり始めているアリ地獄に、その場にいる誰もが動けない。


「妖精さん……頑張れそう?あれ?いない!?」


 近くにいてくれたはずの妖精の光が見えなくなり、レッティは焦る。


「アルフレッド!応援を呼んでこい!」


 イゴール団長がアルフレッドに命令する。


「俺も戦います!」


「上司の命令は素直に聞け!」


 アルフレッドは上司に楯突く。


「別に死ぬつもりじゃ無い!応援を呼んだら、また戻ってくれば良いだろうが!」


「イヤです!」


 その間にもアリ地獄は魔王のコアの力を馴染ませ、巨大化していく。


 絶望的な空気が漂う。


「おい!撤収だ!」


 第八騎士団長のケレスが部下達に声を掛けた。


「おい!ケレス!」


「馴れ馴れしく声をかけるな!想定外の敵だ。一旦戦術を練り直しに行く。

 殿(しんがり)は貴様らに任せるぞ」


 ケレス達はそう言うと、サッサと去ってしまった。


「ウソでしょ……」


 清々しいまでの責任感の無さにレッティは思わず顔を顰める。

 何にせよ戦力が減ってしまった。

 それに精霊さん無しにはレッティは魔法で攻撃は難しい。


 絶望的な状況だ。

 ニクスだけ嬉しそうだけど、流石に厳しいの分かってないの!?

 ニクスがレッティの言うことを聞いてくれるのなら、他の人には悪いけどアルフレッドを掻っ攫って一緒に逃げるんだけど……。


 お馬鹿な弟の説得をどうするか頭を悩ませてる内に、アリ地獄は魔王のコアの力をすっかり取り込んでしまったみたいで、次の獲物を探す様に周囲を睥睨する。

 

「どうしよう……」


 そう口にしたレッティだった後ろから、冷たく澄んだ落ち着きのある女の声がする。


「魔王のコアには迂闊に近づくなと言ったろう……」


 レッティが振り向くと、そこには長い白い髪の絶世の美女がゆったりと余裕のある表情で近づいて来ていた。


「フェンリー!」


 レッティは嬉しくなって、状況も忘れて駆け寄る。

 フェンリーの金色の美しい瞳が、レッティを優しく見つめた。


『お母さん……どうして来たの?』


 ニクスは不服げだ。

 フェンリーに抱きついたレッティの鼻の先端に、ちょこんと黄緑色の光が乗った。


「妖精さん!?」


「ああ……オマエの妖精がここまで呼んでくれたんだ。

 怖いもの知らずの子供達がムチャをしているってね」


 フェンリーが剣を抜いた。


「その剣は?」


「長い長い間生きてアチコチ移動していれば、それなりに珍しいモノを手に入れる機会もあるんだよ。死んだツガイが蒐集が趣味だったのもあるがね……。

 さて、あのエモノは私が貰うよ」


 フェンリーの姿が目の前から掻き消える。

 次の瞬間には、フェンリーはアリ地獄の目の前にいた。

 そして、見えない程の素早い剣捌きの後には、アリ地獄はバラバラになっていた。


「強い…………」


 騎士達も絶句している。


「お母さん……お父さんよりも結構年上で、お父さんより強かったらしいから…………」


 ニクスも母親の本当の強さを目にしたのは初めてらしい。

 ……こんな強いフェンリーですら死に瀕するほどの大怪我をさせた存在がいるのだから、世界は広い。


「さ、ニクスは帰るぞ。オマエはどうする?」


 あっという間に仕事を終えたフェンリーに聞かれて、思わずアルフレッドの方を見る。

 アルフレッドと仲良くなる計画…………どうしよ。


「ええー?美人さんは帰っちゃうの?

 それならせめて、鎧のお嬢ちゃんだけでも残っていってよ。

 祝いの宴席でも開きたいからさ。ね、団長殿?」


 ハロルドが引き留めて来た。


「ああ……勝利の立役者に残って貰いたい。出来れば白髪のご婦人も残って貰いたかったが」


「あれ?団長ってば、ああ言うクール系の美人さんが好み?」


「ハロルド、一々ふざけるな」


「んー、お堅いなぁ。冗談だって」


 団長、副団長は性格はだいぶ違うが仲が良いようだ。デコボココンビって奴かな?


「日付が変わる前にニクスを迎えに出すから、残りたいなら残っても構わないんだぞ」


 フェンリーの言葉にレッティはアルフレッドの方をチラチラ見ながら答える。


「じゃあ……残ろうかな?」


「そうこなくっちゃ!」


 ハロルドがパチンと指を鳴らして、ニヤリと笑う。


「君も残るのか……えーっと、名前を聞いてなかったな」


「ミスティカって呼んで」


「じゃあ、俺はアルって呼んでくれるよな」


「え、あ、うん。アル」


「よろしく」


 アルフレッドが手を伸ばして来たので、思わず握り返した。

 ……意外と逞しい手をしてる。

 レッティの心音が少しだけ騒がしくなった気がした。


 

 

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