第32話 蟻の女王
『雑魚まだいるの?多いね』
ニクスが蟻達を蹴散らしながらボスの元に向かう。
『小さいうちはお母さんに近づかない様にって言われてたんだけどね、魔王のコアを食べた存在には。
これ程の強い匂いは嗅いだ事が無いよ。大きいコアなんだろうな』
ニクスは楽しげだ。
人間の姿の時は女の子みたいな顔してるけど、本当に戦うの好きよね。
……私も実はワクワクしているけどね。神の祝福を受けた神獣のコアの持ち主である私と、かつて世界を恐怖に陥れていた魔王のコアの戦い。
まあ、魔王のコアのほんの一部のカケラなんだろうけど。
「キリが無いわね」
ボスに近づかせたく無いのか、近くに行けば行く程に雑魚達が勢いを増してレッティ達を取り囲む。
何匹かは大きなニクスの身体で弾き飛ばしたが、近くの騎士達の方に蟻の身体が飛んでいってしまって危ないので、少し戦いあぐねている。
「おい!待ってくれ!」
振り向かずとも分かる。
婚約者の声だ。
「あの二人は?置いて来たのですか?」
レッティは蟻の顔をを切り付けつつ聞く。
剣の刃先には精霊の光が宿っている。
「他の応援に来ていた冒険者達に任せて来た。俺も共に戦おう」
「そうですか」
アルフレッドが戦いに加わった事で、なんとか蟻の包囲網が薄くなった。
『よし!今なら抜けられる。行くよ!』
ニクスの言葉にレッティは頷く。
「では、私達はボスの元に行きますので』
「俺も連れて行ってくれ!」
断る暇も無くアルフレッドが一息にニクスに飛び乗ってしまった。
レッティの後ろに跨る形になる。
「え!?ちょっと……」
「あ、悪い……」
二人が十分に乗れる大きさと言っても、二人で乗るとどうしても身体が触れ合ってしまう。
「あの……肩とかなら触っても良いです……」
小さい声で許可をしてあげた。
家族以外の男の人に触られるのなんて初めてだから恥ずかしくて顔が熱い。耳も多分赤くなってる。
バレたく無くてレッティは少し俯いた。
「あ、うん……」
鎧で覆われているから触られても肩なら安全。
だけど、心拍数は中々下がってくれない。
「ニクス……行って」
この状況をどうにかするには、とにかく早く移動してしまえば良いんだ。
『うん……』
勝手に自分に乗って来たアルフレッドに対して、ニクスも言いたい事がありそうだが、一旦飲み込んでくれた。
いつまでも子供っぽい弟だと思っていたけど我慢も出来たのね。
ニクスが身を低くした後にヒョイと大きく跳んだ。
「うわ!」
直ぐ背後で驚いた声。
そしてアルフレッドが後ろから包み込む様に覆い被さってくる。
ニクスは勢いよく駆けるが、その分二人の乗る背中は上下する。
「アルフレッド様……何をして……!?」
「仕方ないだろう!?肩だと掴みにくいから振り落とされる!」
『落ちてしまえ!』
「もう!ニクス!」
レッティはアルフレッドにくっ付かない様にニクスにへばり付いて、アルフレッドはレッティに覆い被さる様になって、ニクスの白い長い毛を掴んでいる。
――うわーん。早くボスの所に着いてよ!
レッティは経験不足の耳年増なので、この状況に耐えられない。
『ほら、着いたよ』
ニクスが、いつに無くぶっきらぼうに告げる。
「アルフレッド様、着きました……」
「ああ……あと、俺はアルでいいから」
「……良いから早く退いてください!アル!」
こんな事している状況じゃ無いのに!
レッティはプンプンしながら、剣で意味も無く空を切る。
あーもう!
「あれが……集団のボスか?女王アリって奴なのか」
アルフレッドの意識は早くも先頭の方に向いている様で、油断なく一際大きな個体を睨み付けている。
険しい目付きは、既に先程のレッティとのやり取りについては頭から消え去っている様だ。
レッティと違って切り替えが早い。
『うん!あそこ辺りからすんごい臭う!』
「魔王のコアの所在はあそこで間違いない様です」
レッティはニクスの言葉をアルフレッドに伝える。
「騎士団の人達が既に戦闘中ですね。アルフ……アルとは鎧の色が違う人が多いですけど」
「第八騎士団の奴らだ。生存者の確認は俺達第十三騎士団しかしてなかったから出遅れた」
そう言いながら、剣に魔法の炎を纏わせてアルフレッドは戦闘に加わった。
「私達が狙うのはボス?」
『雑魚は人間に任せよう』
アルフレッドは先ずは雑魚を減らすことに尽力している様だ。
他の騎士の中にはボス狙いらしい人もいるが、雑魚達がそれを許さない。
『僕が敵を散らすから!』
「精霊さん!力を貸して!」
ニクスと共にボスへと一直線に向かう。
ニクスは他の騎士のことは目にもくれず、体当たりで雑魚蟻を蹴散らす。
「――ヤァ!」
レッティが声を上げながら、ボスへ一太刀浴びせる。精霊の風がレッティをボスの元へと届け、精霊の魔力を纏った刃がボスの攻殻に亀裂を入れた。
しかし、流石に一撃では倒せない。
「……既に随分と怪我してるみたいなのに」
他の騎士がやったのだろうか?女王アリの足の数が一本足りない。
……見た感じ、そこまでの攻撃力のある騎士はここには居ない様な?
「お前は……前に砦にもいた女か!?何でここにいる!?もしかして冒険者で依頼を受けて来たのか?」
「おお!ス……えーっと久しぶり!」
顔に傷跡があるのは……イゴール騎士団長と本名を言い掛けたのはハロルド副団長だ。
……ハロルドはウインクして来たが、それは無視する。
「はい。冒険者をしていて……」
「そうか。あの狼はお前が飼い慣らしている魔獣か?それとも噂通りに神獣を飼っているのか?」
「飼ってるわけじゃ無いですけど、友達の神獣です」
直ぐに寄って来た雑魚を蹴散らしつつ、イゴールの質問に答えていく。
「おい!後から来て敵が弱ったところを掻っ攫うつもりか!」
第八騎士団長がイゴールに文句を言いに来た。
「どちらの手柄なぞ関係ないだろう」
イゴールは言い返す。
「ふんっ……貧乏育ちは卑しいと聞くからな」
割と金策に困った家で育ったレッティはムムッとしたが、大人同士の言い争いには加わらなかった。
下手な事を言えば、そこから正体が掴まれるかも知れない。
「なら、貧乏人に負けない様に精々励め」
イゴールはケレスの言葉を軽くいなした。
言われ慣れているのかも。
「………………平民どもにチヤホヤされているからって良い気になるな」
捨て台詞を吐いてケレスは去って行った。
……第十三騎士団の人気が羨ましいのかな?
「最近よく会うね!」
せっかく無視してたのにハロルドがめげずに話しかけて来た。
「ん?知り合いか?」
「そんなとこ」
団長の質問にハロルドは機嫌良さそうに答えつつ、馴れ馴れしくレッティの肩に手を置いて顔を近づけて来る。
ハーフエルフだけあって顔が整っているので、不快感はそんなに無いし、なんなら良い匂いが……じゃ無くて!
「やめてください」
「副団長!嫌がってますよ!」
少し離れたところからアルフレッドの声が飛んできた。
「おっと、嫉妬かな?」
ハロルドは肩をすくめて戯(おど)ける。
こう見えて人間の寿命を遥かに超えているらしいが、落ち着きが無い。
年の功とかは一切感じない。
「別に嫉妬される仲では無いです」
冒険者ミスティカとアルフレッドはそこまで面識がある訳でも無い。
「そうかな?アルの奴、銀髪ちゃんに興味ありそうだったけど?」
「あ、そうなんですね」
それは良い事を聞いた。
後で仲良くなって色々聞き出してみるかな。
「立ち話も良いが、早く化け物共を掃討するぞ」
イゴールが止まらない世間話に口を挟んだ。
「はーい、団長殿!」
ハロルドは軽やかな動きで蟻達の間を縫う様に動きながら少しずつ甲殻の隙間……関節にダメージを与えていく。
確かに強いが、女王を倒すには一撃一撃の強度が足りないだろう。
動くたびに長めの金髪が靡いて、少し尖った耳が見えた。
軽やかな動きで蟻達を翻弄するハロルドに対して、イゴール団長は重い一撃で確実に蟻達を倒していく。
これなら女王蟻にもダメージを与えられそうだが、団長は後から来た訳だし……女王にあれ程の攻撃を加えたのは誰なんだろう?
レッティも負けじと戦いつつも、団長に気になっていたので質問してみた。
「女王蟻にあんなにダメージを与えたのは誰ですか?
イゴール団長クラスの攻撃力の持ち主は見当たらないのですが……」
「すまない。俺にも分からないな。第八騎士団の中では一番強いケレスも無理だと思う。
もしかしたら村を襲う前に他の魔物にやられた可能性も……いや、それは考えたく無いな。それなら、アレよりも強い奴が近くにいる事になる」
「そうですか……」
レッティは少しガッカリしつつ返事をする。今考えても仕方の無い事か。
目の前の戦いに集中しよう。
ニクスが女王蟻の甲殻が破れた所に噛みつこうとするが、意外な素早さで上手くいっていない。
硬いところはニクスの顎でも噛み砕けないのだから凄い防御力だ。
レッティは精霊の力を借りて風の刃を発生させて雑魚蟻がニクスに近づかない様にサポートする。
「おい!えーっと、そこの少女!」
アルフレッドが珍妙な呼びかけをして来た。名前教えてないんだっけ。
「何ですか?」
「風の魔法が使えるんだな?俺に協力してくれ!」
んん?初めての共同作業?
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