第31話 アルって呼んでくれ
レッティはアルフレッドに腕を掴まれ引っ張られながら、小走りで付いて行く。
後ろをチラッと振り向くと、人間の姿のニクスが少し不服そうな顔をしている。
「僕もレッティと手を繋ぎたい……」
ボソッとニクスが呟くけど、多分緊急事態だから状況をややこしくしないで欲しい。
近寄るアイアンアントをアルフレッドはレッティを掴みながら、もう片方の手に握った剣で器用に斬り伏せる。
炎の魔法を纏った剣技で斬られた巨大な昆虫の切り口は赤く焼け爛れていた。
ニクスも不満はあっても、脅威を排除する意思は統一されている様で良かった。
氷の魔法で動きを鈍らせつつ、人外の腕力で純粋な力技で蟻を切る……というよりは叩き潰す勢いで大剣を振るっていた。
「いつの間に連れが?……いや、あの狼は?」
アルフレッドが気が付いたら当然のように近くで戦う少年を不審がる。
「あ、ニクスは人間じゃ無くて狼が化けているだけです」
「……そんな事が?いや、今はそんな事より助けて欲しい人がいる」
アルフレッドは目を丸くした。が、緊急事態なので一旦流す事にしたらしい。
アルフレッドに連れてこられた先には幼い女の子と男の子がいた。
「この男の子だ。助けられるか?」
「任せてください!」
酷い怪我だが生きていてくれて良かった。
「……お姉ちゃん?弟を助けてくれるの?」
「もう大丈夫よ」
不安そうな少女を安心させる様に、レッティはニッコリ微笑み掛けた。
そして、少年に手を翳す。
「精霊さんも力を貸してくれるかしら?」
その声に応える様に黄緑色の光がレッティの指先に灯った。
「癒しの風よ――」
そう呟いた後には、少年の呼吸は穏やかなものになっていた。
「これで大丈夫。あなたも怪我してるでしょう?見せて」
レッティは少女の手を取る。右手の甲が少し腫れている。どこかにぶつけたのかも知れない。
「……そうなのか?気が付かなかった。
でも、これで大丈夫なんだよな?」
アルフレッドが心配そうに二人の子供を覗き込む。
思ったとおり、この婚約者さんはぶっきらぼうだけど優しいところがある。
だから多少冷たくされても嫌いになれない。
「ええ。二人を守る為にも蟻は早く駆除しないと……」
「そうだな……」
「あの……お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう」
少女が弟を抱えたまま礼を言う。
「……俺は何もしていない」
「そんな事ない。私に二人のことを教えてくれたじゃないですか。
二人が助かったのは確かに貴方のお陰ですよ」
レッティがそう言うと、アルフレッドは頬を掻きつつ目を逸らした。
「そうか……」
どうやら照れている様だ。
……少し可愛いところもあるじゃない。
レッティはクスリと笑った。
「あのさ……君の名前は?俺はアルフレッド。アルって呼んでくれ」
――おおっ?アル?あだ名で呼べと?親密度アップ!…………いや、待て。冒険者ミスティカとは会うのはまだたったの二回目……いや、三回目なのに?もうあだ名?
何で知り合ったばかりの女にあだ名で呼ばせるの?婚約者の伯爵令嬢スカーレットはそんな風にアルフレッド様を呼んだこと無いのに?
これはセーフ?アウト?アルフレッド様ってば実は女の子に馴れ馴れしい?女好きって事?
いや、でも、仲良くなって色々聞き出すチャンスかも?
レッティがどうすべきか判断に迷って思案していると、暇つぶしに巨大蟻を次々と潰していたニクスが、もう獲物が近くにいなくなったのか不機嫌そうに近付いてきた。
「ねえ……どうせもっと強い群れのボスがいるんでしょ?
ソイツ僕らで倒そうよ。弱っちいニンゲン達に獲物を譲ることないよ。ね?ね?」
ニクスがレッティの腕を掴んで引っ張る。
「ちょっと痛いって!」
先程のアルフレッドとやっている事は同じだが、基本的な筋力が違うせいかニクスは偶に力の匙加減を間違える。
「ごめん……」
しかし、素直なので少し力をすぐに弱めてくれた。
――手の跡でも二の腕に付いてないと良いけど……。
「でも、アイツはいつもレッティを放っておくじゃないか。なのに今の君には馴れ馴れしくするなんて…………」
ニクスはレッティにしか聞こえない小さな声で早口に言う。
「私のために怒ってくれてるの?ありがとう。でもミスティカとして仲良くなるのも私の作戦の内だから」
「でも……ううん。いいや、今は敵を全部倒しちゃおう」
ニクスはようやく手を離してくれた。
「私達ならボスでも直ぐに倒せるよね!」
「うん!」
振り向いたニクスの笑顔が瞬きする間に白い毛に覆われて、本来の姿に戻った。
『匂うよ……強力な力の源だ』
ニクスは鼻をスンスンとしながら、大きな口の奥で精霊に愛されていない常人には理解(わか)らない言葉を発する。
「力の源?」
そんなニクスに手慣れた感じにレッティは飛び乗った。
『魔王のコア……だね』
魔物達の王は死んだ後ずっと時代が変わった今もこうして人間達を苦しめている。
「腕が鳴るね……」
強敵であっても負ける気はしない。
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